紙を読む人
病院の相談室に、木場が新しい説明資料を持ち込んだ。医学的な内容は分かりやすく整理され、術後に起きる殺人については別の頁で明確に示されている。難しい言葉を減らしても、そこに書かれた事実を穏やかにはできない。木場は相談員と一緒に、患者がどの質問で手を止めるか考えた。
試験的な面談に協力したのは、すでに久世の治療を受けた男性とその妻だった。妻は「手術する前、この頁を三回読みました」と話した。男性は「四回だよ」と訂正し、二人は少し笑った。その笑いのあと、男性は眠れない夜のことを語った。治療で身体が戻っても、死への不安は勝手に消えてくれない。
新しい説明資料の試案を読んだ事務職員は、医療用語の難しさを指摘した。木場は専門用語を説明する短い文を足し、殺人の事実を示す箇所だけは曖昧な表現へ変えなかった。穏やかな文章にすれば読みやすくはなる。しかし危険を小さく見せれば、患者が選ぶための情報を奪う。相談員は何度も読み返し、口頭で説明するときに誤解が生まれないか確かめた。
相談員は新しい連絡先の一覧を渡した。警察、法律相談、心理的な支援、日常生活の手続きに関する窓口。どれも殺人を防ぐ保証にはならない。男性は紙を受け取り、「助かる方法が書いてあるわけじゃないんですね」と言った。木場は頷いた。「困ったときに一人にしないための連絡先です」。男性はしばらく紙を見てから鞄へ入れた。
面談が終わると、木場は資料に小さな修正を加えた。「相談できます」とだけ書いた箇所へ、相談できる内容を具体的に列挙した。言葉を曖昧にして期待を持たせるより、できることを正確に伝えたかった。病棟から内線が鳴り、木場は次の仕事へ戻った。説明する責任は、一度の面談で終わらない。




