支える会
遺族たちの小さな集まりが、市民会館の会議室で開かれた。参加者は十人ほどで、互いに初めて顔を合わせる人も多い。壁には相談窓口の一覧だけが貼られ、事件の写真は一枚もなかった。会を始めたのは、かつて久世の患者だった妻を失った男性だった。手術の是非を決めるためではなく、話せる場所を作りたかった。
参加者の一人は、夫が治療を受けたことを後悔していないと話した。別の女性は、息子に手術を勧めた自分をいまだに許せないと言った。二人の言葉は正面からぶつかったように見えたが、誰も相手を責めなかった。全員の家族が殺害され、残された生活は同じではなかった。時計の針が進むたび、話す人と黙る人が入れ替わった。
会議室の机には、温かい茶を入れた紙コップが並んでいた。話す途中で冷めることも、手をつけられず残ることもあった。司会の男性は片づけを手伝いながら、次回も同じ部屋を借りる手続きを確認した。会を続けるには会場費や連絡方法を考えなければならない。悲しみの大きさに関係なく、事務的なことは次々に現れる。その手間を、参加者たちは少しずつ分け合った。
会の終わりに、一人の男性が久世を訴えるべきだと提案した。賛成する声もあった。司会の男性は、法的な相談は専門家につなぐと伝え、会の目的を確認した。ここでは意見を一つにまとめない。言い争いにならないようにするのではなく、違う気持ちのまま座っていられる場所にしたかった。
廊下へ出ると、隣室では子どもの工作教室が終わったところだった。色紙を抱えた子どもたちが走り、保護者が靴を履かせている。遺族の一人はその光景を見て、亡くなった娘が小学生だったころの話を始めた。会議室で話しきれなかったことが、帰りの階段でようやく言葉になった。




