閉じない店
三橋の食堂では、週末の昼に客が並ぶようになった。再開を喜ぶ常連と、新聞記事を読んで訪れた人が同じ列に立っていた。三橋は誰に対しても同じように注文を聞き、鍋を見ていた。客が事情を尋ねても、厨房が忙しいときは説明をしない。料理が冷めれば、それを食べる人が困るからだ。
一人の客が会計のとき、殺されるのが怖くないのかと尋ねた。三橋は皿を洗いながら「怖いですよ」と答えた。客は次の言葉を探したが、三橋は手を止めなかった。「それでも今日の定食は出せます」。客は頭を下げて帰った。妻はレジの奥でやり取りを聞いていたが、夫を褒めることもしなかった。
商店街の会合では、三橋の店が再開したことを歓迎する声が上がった。空き店舗が増えるなかで、昼食を取れる場所が戻ったのは大きい。三橋は会合に出られず、妻が代わりに参加した。近隣の店主たちは手術のことを知っているが、会合では仕入れや共同清掃の相談が続いた。三橋の妻はその普通の議題が嬉しかった。特別な事情を抱えていても、町の一員として必要な役目が残っていた。
夕方、近所の肉屋が仕入れの相談に来た。営業再開に合わせて仕入れる量が増え、町のほかの店にも少しずつ仕事が戻り始めている。三橋は細かい数字を聞き、自分の店が無理なく使える分だけ注文した。大きな話題になっていても、店を長く続けるには毎日の勘定を間違えられない。
閉店後、妻は帳簿の横に夫婦二人の予定表を置いた。家族旅行の欄はまだ空白だった。三橋は近場の温泉なら休業日を使えると言い、妻は混雑する日を避けようと答えた。店の照明を落とす前に、三橋は明日の仕込みに使う鍋を磨いた。外には閉店を知らない客が一人来たが、看板を見て引き返していった。




