公開された数字
市内で開かれた医療の説明会に、病院の担当者が招かれた。会場には患者家族、地域の医師、議員、報道関係者が集まった。資料には久世の治療を受けた患者の回復と、その後に確認された殺人事件が分けて記されていた。個人情報を伏せても、数字だけで会場は静まり返った。
質問席に立った男性は、妻を殺された遺族だった。「なぜ手術を続けるんですか」。病院の担当者は治療を望む本人の意思と、回復の事実を説明した。男性は納得しなかった。後ろの席からは、治療を受けられず困っている家族が声を上げた。会場係は双方が話せるよう順番を整理し、時間を延長した。
説明会の受付では、質問を書いた紙が箱へ集められた。似た内容もあれば、他人には聞かれたくない悩みもある。職員は匿名の質問を読み上げる際、個人が特定されそうな部分を省いた。会場にいる人が知りたいことと、公に話してよいことは同じではない。鷺沢は後ろの席でその配慮を見ていた。正確な情報を伝える仕事には、黙って守るべき情報もある。
久世は説明会に姿を見せなかった。治療の実施責任については病院が説明し、患者の医療情報は公開しない方針だった。壇上の資料が持ち帰られると、参加者はロビーで小さな輪を作った。同じ数字を見ても、何を重く受け止めるかはそれぞれ違っていた。誰も簡単な結論を得られないまま、帰りの傘を探していた。
鷺沢は会場の片隅で取材を続けた。遺族の男性は怒りを隠さず、治療希望者の女性は小さな声で「時間が欲しい」と言った。鷺沢は発言を混ぜずに書き留めた。外へ出ると雨が止み、濡れた歩道に街灯が映っていた。翌朝の紙面に載せられる言葉は限られている。その限界も、記事を書く者の責任だった。




