眠りの前の約束
大学生の夏歩は、久世の外来をもう一度訪れた。母と弟も一緒だった。前回の検査結果を踏まえ、治療の見通しが改めて示される。夏歩は聞きたいことを紙に書いて持ってきた。覚えたことが戻るか、仕事に就けるか、友人の名前を忘れずに済むか。久世は一つずつ答えた。病気そのものについて、曖昧にした箇所はなかった。
最後に夏歩は「私は一年を超えて生きられないんですね」と尋ねた。久世は「私の治療を受けた方は全員、一年以内に殺されています」と答えた。未来を占うような言い方はしなかった。けれども、夏歩はその違いに救われなかった。母は手を握り、弟は椅子の端を見ていた。誰かが決断を代わることはできない。
夏歩が帰宅してから、家族は手術を受けた人の話を調べていた。元気になった姿を伝える記事も、殺人事件の報道も見つかる。母は画面を閉じ、誰かの結末を見て娘の意思を変えさせたくないと感じた。夏歩は自分のノートに、知りたいことをもう一度書いた。怖いからこそ、曖昧な説明のまま決めたくはなかった。弟は姉が紙を使い切るまで、隣の机を片づけずに座っていた。
診察室を出たあと、夏歩は弟に古い運動靴のことを尋ねた。弟は磨いて玄関に置いたと答えた。「今度、一緒に走りたい」。夏歩は笑った。母は涙ぐみ、廊下のベンチに座り込んだ。夏歩は手術を希望すると伝えたが、その日のうちに決定されるわけではなかった。必要な説明と確認のため、もう一度時間が設けられた。
帰宅後、夏歩は机の上に勉強道具を並べ、母へ「明日も覚えていたい」と言った。母は「手術を受けなくても、あなたはあなたよ」と答えた。二人の言葉はかみ合わなかったが、互いを傷つけたいわけではなかった。弟は台所から三人分の茶を運び、冷める前に飲もうと声をかけた。




