線路の向こう
榊は地方の文房具店で、亡くなった女性が買った品を確かめた。店主は孫のために選んだ筆箱と色鉛筆を覚えていた。女性は長い時間をかけて色を選び、会計のとき「やっと自分で買い物に来られた」と笑ったという。榊は買い物袋に残る店名と領収書を照合し、記録へ正確に写した。
店の近くには短い商店街があり、電車が通るたび踏切が鳴った。女性の自宅まで歩くと、駅から少し離れた住宅地に出る。事件当日の人通りは少なく、夜間に店を開けていた場所も限られていた。榊は聞き込みを重ねたが、見知らぬ人物についての確かな証言は得られなかった。住民たちは事件以来、戸締まりを厳しくしている。
文房具店には、その女性が選んだ商品と同じ筆箱がまだ並んでいた。店主は棚を整えながら「この色を迷っていたんです」と話した。榊は商品そのものに事件の手掛かりがあるとは思わなかったが、購入時刻を確認できた。被害者の最後の日々を調べるには、こうした細部を省けない。店主は会計簿を丁寧に保管しており、記録の写しを渡してくれた。榊は礼を言い、棚の前を離れた。
帰りの電車で、榊は店主から聞いた話をメモにまとめた。被害者が選んだ色鉛筆の色まで書く必要があるのか迷い、最後には残した。捜査に直接役立たない記録も、誰かがその人の最後の生活を確かめるとき必要になるかもしれない。榊は資料を閉じ、窓の外に流れる田畑を見た。
都内へ戻ると、御園から新しい確認事項が届いていた。別の事件の防犯映像について、同一犯とみられる人物の特徴を再整理するという。榊は翌朝に見ると返事を送り、駅の階段を上った。改札の向こうでは旅行帰りの家族が並んで歩いていた。文房具店で聞いた女性の声が、榊の頭から離れなかった。




