再診の午後
澄江の再診では、記憶と判断力の検査が細かく行われた。結果に異常はなく、以前の画像に見えていた病変も消えていた。久世が数値を説明すると、澄江は頷き、春菜は一つずつメモを取った。長く病と向き合ってきた家族ほど、良い結果を素直に喜ぶのに時間がかかる。
診察の終わりに澄江は、最近庭へ花を植えたと話した。「朝起きると、水をやることをちゃんと覚えているんです」。久世は「それは良かった」と言った。春菜は医師の言葉があまりに短いと感じたが、母は満足していた。難しい言葉を並べられるよりも、今できていることを認められたのが嬉しかった。
久世は検査票の数字だけでなく、澄江の言葉がどこで途切れるかにも耳を傾けた。病気のころは質問の途中で目が泳ぎ、答えを探すまま黙ってしまうことが多かった。今日は季節の行事を尋ねられると、春菜が幼いころの祭りの話を自分から始めた。久世は話を途中で切らず、必要な検査の時間だけを確保した。春菜は母の声を聞いているうち、取っていたメモの存在を忘れていた。
春菜は帰り際、警察へ相談したことを久世へ伝えた。防犯のため引っ越しも考えていると話したが、久世は勧めも止めもしなかった。「生活の選択は、ご家族で決めてください」。春菜は強い答えを欲しがっていた。正しい場所があるなら教えてほしかった。しかし久世には、その場所を示す根拠がなかった。
母娘は診察室を出て、売店で小さな苗の鉢を買った。病院の外では雨が降り始めていた。春菜が袋を濡らさないよう抱えると、澄江は傘を広げた。昔なら娘が母を支えて歩いていた道を、今日は母が先に歩いた。春菜はその背中を追いながら、明日も同じ姿を見たいと願った。




