病室の窓辺
小児病棟の窓辺で、八歳の成瀬蒼は折り紙を並べていた。事故の後遺症で言葉を発しにくくなり、学校へ戻れていない。母の千尋は久世の外来で治療可能だと告げられたが、その後の説明を聞いて手術を決められずにいた。蒼は母の不安を理解しきれず、紙の鳥を手渡して慰めようとした。
病棟の保育士は蒼の好きな色を尋ね、青い紙を何枚か持ってきた。千尋は手術の説明書を鞄から出してはしまい、息子の顔を見た。蒼は学校の同級生が描いた絵をベッドの横に飾っていた。絵には「また一緒に遊ぼう」とある。母はその言葉を見るたび胸が詰まった。言葉を取り戻すことが、本当にその先を失うことにつながるのかと何度も考えた。
病棟の廊下には学校から届いた時間割が貼られていた。蒼は休み時間になるとそれを指さし、同級生が今何をしているか母に尋ねる。千尋が体育だと答えると、蒼は手で走る動作をした。教室から届いた手紙は短かったが、何度も読み返していた。母は新しい返事を書くため紙を広げ、蒼が選んだ言葉を一つずつ並べた。時間がかかっても、本人の返事にしたかった。
小児科の担当医は、急いで結論を出す必要はないと話した。現在の状態を支える治療も続けられる。千尋は頷いたが、息子が自分の名前を呼ぶ声を聞きたいという願いを押し込められなかった。担当医は無理に答えを勧めず、久世の治療について知りたいことを書き出すよう勧めた。
夕方、蒼は折り紙の鳥を五羽並べ、母へ一羽を渡した。千尋が「ありがとう」と言うと、蒼は口を動かした。声は小さく、言葉にならなかった。それでも母には何を伝えたいのか分かる気がした。窓の向こうでは校庭の照明が点き、子どもたちの帰宅を知らせる放送が遠くから聞こえていた。




