会議室の午後
病院の倫理委員会は午後二時に始まった。臨床医、法務担当、看護部、外部委員が出席し、久世の治療に関する説明と同意の手続きを検討した。配布資料には手術の成功例と、術後に発生した殺人事件の一覧が並んでいた。数字は同じ紙面にあっても、互いを説明するものではなかった。
外部委員の一人は、患者が本当に自由な意思で選べるのか疑問を示した。治療を受けなければ病が進み、受ければ殺される。その二択では、同意を取っても苦しい選択を強いられる。看護師長の木場は、本人だけでなく家族へ説明する時間が必要だと述べた。患者によっては一度で理解できない場合もある。
委員会の終盤、病院の相談員は、説明を受けてから手術を断った人への支援も必要だと述べた。久世の治療を選ばない人にも、病気は残る。別の医療機関への紹介や暮らしの支援が途切れないようにしなければならない。木場はその意見を記録し、次の会議で具体案を出すと約束した。選ばなかった人が置き去りになれば、自由な選択だったとは言えない。
久世は質問されるたび、分かることと分からないことを分けて答えた。治療の結果については診療録と検査で示せる。殺人を防ぐ手段については知らない。犯人と接触したことがあるかという問いには、ないと答えた。委員の何人かは、答えの短さを冷淡だと受け止めた。しかし短い言葉でも、事実より先へ進まない姿勢は変わらなかった。
会議の結論は、説明資料の見直しと第三者による相談体制の強化だった。診療を全面停止する判断には至らなかったが、継続的な審査が必要とされた。夕方、事務局の職員が議事録を整理し、出席者の発言を確認した。廊下には手術を終えた患者の家族がいて、誰も会議の結論を知らないまま病室へ向かっていた。




