一年という欄
紙には、手術後一年以内に第三者によって殺害される、と書かれていた。死因についても一行だけ記されている。心臓に杭を打たれる。娘は読み進める途中で笑った。笑わなければ、まともに受け止めてしまいそうだった。澄江は紙を膝の上へ置き、しばらく黙っていた。
「これは何の説明ですか」。娘が尋ねると、久世は過去の患者記録を机に置いた。氏名は黒く伏せられ、日付と転帰の欄だけが読める。手術で全員の症状は消え、術後一年を迎えた患者は一人残らず、殺人事件の被害者となっていた。そこには検査上の再発も、別の死因も載っていない。「統計ではありません」と久世は言った。「私が知っている事実です」
診察室を出てから、春菜は説明書の末尾を読み直した。質問があれば再診を受けられると書いてある。電話で相談できる番号もあった。紙一枚で恐怖が小さくなるわけではないが、ここで何かを決めなくてもよいと分かった。澄江はエレベーターの鏡に映る自分の顔を見て、帽子が曲がっていると笑った。春菜は直してあげようと手を伸ばし、途中で母の手に任せた。
娘は医師に怒鳴った。そんなことを分かっていながら手術するのか、と。診察室の外にいた職員が振り向いたが、久世は制止しなかった。澄江は娘の袖を引いた。「あなたの名前を、明日も覚えていたいの」。それから自分で紙をもう一度読んだ。久世は同意書を急がせず、今日の予約を取り消しても構わないと伝えた。
帰り際、澄江は娘の手を握って廊下を歩いた。娘は何度も「別の方法がある」と口にした。母は頷きながら、売店に並ぶ菓子の名前を一つずつ声に出した。覚えているうちに言葉を使いたかったのか、次の日も言えるか確かめたかったのか、娘には分からなかった。二人が角を曲がったあとも、診察室の窓には午前の明るい光が残っていた。




