届かなかった答え
鷺沢の記事が地方紙の朝刊に載った。見出しは奇跡の手術ではなく、手術後に妻を失った男性の言葉を短く引いたものだった。治った人が何を取り戻したかを先に書き、その後で殺人事件の事実を置いた。読者からの反応は割れた。医師を非難する声と、治療を望む声が同じ電話番号へ届いた。
編集部に一本の電話が入った。年配の女性は「先生に救われた」と言い、自分の夫も手術を受けたと話した。電話口の向こうでは食器を洗う音がした。「うちはまだ、夫が帰ってきているんです。毎晩それだけを確認しています」。鷺沢が取材の可否を尋ねると、女性は断った。文章にしてしまうと、暮らしの中の恐怖が大きくなる気がすると言った。
記事を印刷した紙は病院の待合室にも置かれた。読んだ人の中には腹を立てる者もいれば、途中で閉じる者もいた。広報担当は内容に誤りがないか確認し、家族からの問い合わせへ答えた。体験談で、ほかの患者に同じ選択を迫らないよう注意した。鷺沢自身も、記事を読んで治療を決めたと聞かされたらどう答えるか、まだ考え続けていた。
午後には匿名の封書も届いた。中には病院を閉鎖すべきだという意見と、患者名を教えろという乱暴な要求が混じっていた。鷺沢は封書を編集長へ渡し、患者の個人情報を取材目的以外に使わない方針を確認した。病院の前に集まった人々の写真を載せる案は見送られた。映っているのは、ただ診察に来ただけの人かもしれなかった。
帰宅後、鷺沢は台所の小さなテーブルで記事の切り抜きを読んだ。言葉を選んでも、読んだ人がどう受け止めるかは決められない。携帯電話には新しい取材依頼が届いていた。鷺沢は明日の予定表に、病院の売店で働く人への取材、と書き加えた。大きな問題の周辺にも、働いて暮らす人がいることを忘れたくなかった。




