手術しない診察
久世の診察室を訪れた高齢の男性は、脳の病気が進んでから好きだった将棋を指せなくなっていた。付き添いの妻は手術を希望したが、本人は迷っていた。久世は病状を確認し、治療すれば以前の機能を取り戻せると説明した。続けて術後の殺害についても伝えると、男性は将棋盤を見るように長い時間黙った。
「私は受けません」。やがて男性は答えた。妻が涙ぐみ、もう一度考えてほしいと言った。男性は手を握り、病気のまま過ごせる範囲で暮らしたいと伝えた。久世は断る理由を責めず、必要な支援を案内した。診察はそこで終わらなかった。今後困ることが増えたとき、どこへ相談すればよいかまで話し合った。
診察室を出た夫妻は、廊下の椅子へ並んで座った。妻は「戻ってくると思ってた」と言い、男性は「戻ったあとが怖い」と答えた。二人の言葉はそこで止まった。井沢が水を持って来ると、男性は礼を言って受け取った。妻も一口飲み、次回の相談日を確かめた。
妻は夫が昔使っていた将棋盤の箱を思い出した。駒の名前を忘れることがあっても、盤を前にすると静かに座っていられる。病気を治さない選択をしたからといって、楽しみをすべて手放すつもりではなかった。帰ったら盤を出そうと妻が言うと、男性は「一局だけなら」と少し笑った。
夕方、久世はその診療録を閉じた。治せる病気があっても、患者が治療を選ぶとは限らない。できるから行うのではなく、望まれたときに責任を引き受ける。その違いを、久世は毎日の診察で確かめていた。帰る前、男性が座っていた椅子が片づけられているのを見た。明日そこへ座る人にも、自分で決めるための時間が必要だった。




