印刷所の見舞い状
印刷所の弟は、時計店の事件を知らせる新聞を机へ置いていた。兄を同じ手口で殺された身として、遺族へ何か伝えたい。しかし言葉にすると、似た悲しみを持つ者として勝手に近づく気がした。職人の一人が届け物をまとめるついでに、見舞い状を書いてはどうかと提案した。弟は便箋を出し、何度も書き直した。
結局、「お返事は不要です。仕事のことでお困りならお手伝いします」という短い文になった。自分がどんな苦しみを知っているかは書かなかった。印刷所には紙と封筒があり、宛名を整えることはできる。弟は職人に見てもらい、余計な言葉がないか確かめた。若い職人は「これで伝わると思います」と答えた。
午後、取引先から急ぎの注文が入った。弟は納期を確認し、無理な増産を断った。兄が元気だったころの量へ戻さなければという焦りはある。だが職人を疲れさせれば、工場そのものが続かない。弟は新しい作業表を作り、空白の休日を確保した。兄の机の灯は、今も帰る前に消している。
見舞い状の紙を選ぶとき、弟は目立つ柄を避けた。兄が好んだ少し厚い白紙を使い、封筒も同じ種類に揃えた。職人は何も言わず、宛名の位置だけ確かめた。製品を作るときと同じくらい慎重に、たった一枚の手紙を仕上げた。弟は印刷所の仕事がこういう場面にも役立つことを、初めて思った。
見舞い状を投函した夜、弟は帰宅して兄の妻へ電話した。手紙を出したことを伝えると、妻は「相手が返事をしなくてもいいなら」と静かに言った。弟は頷き、明日の仕入れを相談した。悲しみを分け合う方法は一つではない。誰かの店が明日も片づけられるように、必要な道具を届けることもある。弟は注文票を確かめ、早めに寝ることにした。




