工場の昼休み
藤倉は工場の作業台に工具を並べ、左手で一本ずつ握り直した。河井が殺されたことを知ってから、仕事を休もうか迷っていた。上司は安全に集中できなければ帰ってよいと言ったが、藤倉は簡単な点検から始めたいと頼んだ。機械を止め、同僚に立ち会ってもらいながら、緩んだ部品を確かめた。工具を落とさずに作業を終えたとき、ようやく息を吐いた。
昼休み、同僚の宮代が隣へ座った。河井の店へ行ったことがあると話し、腕時計の電池を替えてもらった思い出を語った。藤倉は祖父の時計を預けたままだと答えた。二人はしばらく弁当を食べ、やがて宮代が「怖くならないか」と尋ねた。藤倉は「怖いよ」と答えた。治療した左手を見つめ、自分も同じように殺されることを知っていると続けた。
「だったら家にいた方が」。宮代は言いかけ、途中で口を閉じた。藤倉が働けるようになるまで、どれほど長く手を動かす練習をしていたか知っていたからだ。藤倉は「今日はここにいたい」と話した。宮代は頷き、午後の点検票を半分受け持った。
午後の作業で藤倉は、一つの部品を裏返して置き忘れた。宮代が声をかけると、藤倉はすぐ手を止めて確認した。病気のころのような障害ではない。気持ちが別の場所へ向いていると、誰でも間違えることがある。藤倉は頭を下げて作業をやり直し、いつもよりゆっくり工具を戻した。
終業後、藤倉は母へ電話した。母は河井のニュースを見て泣いていた。藤倉は明日も仕事へ行くと伝え、夕食に寄る約束をした。母は無理をしないでと何度も言った。電話を切ると、藤倉はポケットから時計の修理票を出した。紙は手汗で少し柔らかくなっていた。番号が消えないよう手帳へ挟み、駅へ歩き出した。




