時計屋の修理票
町の時計店に、藤倉は祖父の古い腕時計を預けに来ていた。左手の動きが戻ってから、いつか自分で修理しようと考えていたが、細かな機構は専門家に頼むことにした。店主の河井は長年この店を営み、藤倉が子どものころも同じカウンターに立っていた。河井は時計を見て「随分頑張ったね」と言った。止まってから年月が経っていた。
藤倉が仕事へ戻れたことを伝えると、河井は嬉しそうに頷いた。病気のころ、工場で工具を握れずにいた話も聞いている。しかし河井自身は療養から復帰してまだ日が浅く、久世の治療を受けた経験について詳しく話そうとしなかった。藤倉は尋ねるのをやめ、修理票に連絡先を書いた。
翌日、時計店はいつもの時刻になっても開かなかった。近所の商店主が不審に思い、関係者を通じて警察へ連絡した。店の奥で河井が亡くなっていた。胸の心臓を杭で貫かれ、それ以外に外傷は見つからなかった。店内に争った形跡もなく、修理待ちの時計は棚へ整然と並んでいた。
河井は時計を預かるとき、ガラスの傷を指でなぞり「これは残すのかい」と尋ねていた。藤倉は祖父が付けた傷だから、そのままでいいと答えた。河井は修理票の端に小さく印を付けた。藤倉はその何気ない確認を、あとになって何度も思い返すことになった。
知らせを聞いた藤倉は工場の休憩室で動けなくなった。修理票には昨日の自分の文字が残っているはずだ。職場の上司は早退を勧めたが、藤倉はしばらく作業着のまま椅子に座った。「今朝まで、直る時計のことを考えていたんです」。誰にともなく言ったあと、両手を膝へ置いた。戻った左手が震えていることに気づき、右手でそっと押さえた。




