黄色い舟の行き先
蒼の病室では、千尋が学校から届いた学級通信を広げていた。遠足で訪れた水族館の写真に、同級生たちが笑っている。蒼は写真の隅にある船の模型を指さした。言葉がうまく出ない日も、見つけたいものを選ぶ力は残っている。千尋は写真を近づけ、「ここに行きたい?」と尋ねた。蒼は黄色い舟を描いた紙を持ち上げ、ゆっくり頷いた。
担任の坂巻は、教室で使っている絵のカードを届けに来た。魚、時計、教科書、校庭。蒼が家でも意思を伝えやすいよう、同じ図柄を二組作ったという。千尋は一枚ずつ確認し、病院で使うものをベッド脇の箱へ入れた。坂巻は「戻ってきたら何をしたいか、皆で聞いてみました」と言い、級友が書いた短い返事を渡した。
蒼はカードを何度も入れ替え、最後に「学校」「船」「友だち」を並べた。坂巻は意味を急いで決めなかった。友だちと船を見に行きたいのか、遠足の話を聞きたいのか。蒼は紙へ青い鳥を描き足した。千尋はこれまでの絵を思い浮かべ、息子が行きたい場所だけでなく、誰と過ごしたいかを伝えていると気づいた。
蒼は鳥の絵の横に、小さな魚を何匹も描き足した。千尋が数を尋ねると、蒼は指を折って示した。数え終わると一匹分だけ空間が余る。千尋は息子がわざと残したのかと思い、尋ねようとしてやめた。紙の上で作る海には、まだ誰も描いていない魚がいてもいい。
坂巻が帰ると、千尋は窓辺にカードを並べた。夫が来たら一緒に見るためだ。手術について答えを求められるたび、蒼が本当に望むことをどう確かめるかで立ち止まっていた。今日は返事をいくつか受け取れた気がする。蒼は疲れて目を閉じたが、黄色い舟だけは枕元に残した。千尋は紙が落ちないよう、本で端を押さえた。




