手帳に残る声
朗読会の世話役は、島崎が持参した録音機を机へ置くのを手伝った。会員の一人が体調を崩して欠席しており、皆の朗読を後で聞きたいという。島崎は初めて録音の担当を引き受け、機械の小さな表示を確かめた。以前は説明書を読むことも難しかった。今はボタンの意味を覚え、録音中の赤い灯りが点くのを待てる。
休憩時間、会員から手術について質問された。「怖くなかったんですか」。島崎は正直に怖かったと答えた。病気が治らない怖さと、治ったあと殺される怖さは、比べても一つにできなかったという。質問した女性は申し訳なさそうに謝ったが、島崎は首を振った。「聞いてもらえる方が、黙って気を遣われるより楽な日もあります」。
会が終わると、録音機に人の声が並んでいた。島崎は自分の朗読を再生し、語尾が速くなっていることに気づいた。世話役は次回ゆっくり読めばよいと言った。島崎は手帳へ注意を書いた。人に聞かせる声と、自分の耳へ戻ってくる声は少し違う。久しぶりに技術のことで反省できるのが嬉しかった。
録音機を借りるとき、島崎は電池が残っているか何度も確認した。機械の扱いが苦手なのは、病気とは関係なく昔からだ。世話役に笑われると「そこは治らなかった」と冗談を言い、二人で笑った。病気と関係のない失敗を気軽にからかわれることが、島崎には久しぶりだった。
夕方、欠席した会員へ録音を届ける準備をした。島崎は名前と宛先を封筒に書き、佳代に見せた。字は真っ直ぐだった。佳代は「合ってる」と頷き、封を閉じる前に小さな便箋を入れた。「次は一緒に読めますように」。島崎は何度かその一行を眺めたあと、切手を貼った。明日、二人で郵便局へ歩くつもりだった。




