父の送り迎え
島崎の長男は、父が退院してから毎週のように実家へ寄っていた。会社から遠回りになると佳代は心配したが、本人は買い物のついでだと答えた。玄関の靴を見れば父が外出した日も分かる。長男は父の体調を確かめる口実を探し、今日も野菜を一袋抱えて現れた。佳代は受け取ると、「また大根」と笑った。
夕食の席で島崎は、朗読会の仲間に誘われた展示会の話をした。長男は思わず「一人では行かない方が」と言いかけた。島崎は箸を止め、「危ないから行くな、というのか」と尋ねた。治療後の殺人について家族が心配していることは分かる。だが外へ出なければ守れるという約束も、誰にもできない。長男は返事を探して汁椀を持ち上げた。
佳代が食後の茶を出し、島崎は展示会の場所を地図で示した。昼間なら人通りが多く、仲間と待ち合わせる予定だという。長男は送り迎えを申し出た。父は最初断ったが、「俺も展示を見たい」と言われて、半信半疑で受け入れた。親子の妥協は思いがけず美術鑑賞の約束になった。
長男の車の後部座席には、悠人が忘れた上着が丸めて置かれていた。父が元気になれば、祖父と孫で出かける機会も増えるだろう。長男はそんな当たり前の期待を持つたび、先のことを考えて苦しくなった。ハンドルを握り直し、実家の前の狭い道路をゆっくり抜けた。
帰り際、長男は佳代へ小声で、今日の大根は煮物にしてほしいと言った。島崎にも聞こえていて、「今度は白菜にしてくれ」と玄関から声が飛んだ。三人は笑った。車の窓を開けると涼しい風が入り、長男は実家の灯りが消えるまで発車しなかった。心配を消すことはできない。それでも明日の献立なら、家族で相談できた。




