朗読会の席札
島崎は公民館の朗読会に、自宅から初めて一人で出かけた。佳代は玄関で何度も時刻を確かめ、結局迎えに行く約束だけ残した。手術以前は長い文章を声に出すと途中で言葉が途切れた。いまは駅前の案内も読めるし、乗り換える必要もない。島崎は鞄に薄い本を一冊入れ、玄関の靴べらを所定の場所へ戻した。
会場では長年の仲間が椅子を並べていた。島崎の席には古い名札が置かれ、紙の端が少し黄ばんでいる。世話役の女性が新しいものに替えようとすると、島崎は「そのままで」と頼んだ。欠席していた時間まで消してしまうような気がしたからだ。仲間は理由を追及せず、名札を机の中央へ置いた。
朗読が始まり、島崎は短い随筆を読んだ。落ち葉を掃く人の話だった。途中で読み間違えた一語を自分で言い直すと、向かいの男性が小さく頷いた。誰かが特別な拍手をすることはなかった。次の人が頁を開き、いつもどおり順番が進んだ。島崎にはその普通さがありがたかった。
会場の窓辺には、会員が持ち寄った花が一輪飾られていた。島崎が以前よく座っていた席から、その花だけが見える。世話役は位置を変えずにいてくれたらしい。島崎は礼を言いかけたが、相手が既に本を配っていたのでやめた。次の人の頁が開く音を聞きながら、椅子の高さを直した。
帰り際、世話役が次の会の原稿を渡した。島崎は受け取りながら、未来の予定を渡されることの重さを思った。返事をためらうと女性は「読める日に来て」と言い、他の会員の片づけを手伝いに行った。玄関の外には迎えに来た佳代が立っていた。島崎は本を掲げてみせ、今日は途中でつかえなかったと伝えた。佳代は先に歩き出さず、夫が話し終えるまで隣にいた。




