予定表の余白
病棟の詰所では、井沢が相談の記録を一枚ずつ整理していた。真帆の家族はその場で結論を出さず、次回も話し合うことになった。久世は診察の合間に経過を読み、「本人が次に何を聞きたいか」を確かめた。何日までに決めるよう促す指示はなかった。空白の予定は病院にとって不便でも、患者のためには必要なことがある。
午後、野崎が手術室の消耗品について相談に来た。外部からの見学希望が増え、器具の扱いを見せてほしいという大学もある。久世は安全と守秘の条件を満たすものだけを院長へ回した。手術の成功を知ろうとする医師がいる一方で、術後に起きる殺害を理由に関わりを避ける医師もいた。野崎は書類に目を落とし、「手術室の中だけで済む仕事なら簡単だった」と漏らした。
夕方、田宮から相談窓口の案内を改訂したと連絡が入った。患者が治療を断った場合の支援先も、同じ大きさの文字で載せたという。井沢は感謝を伝え、待合室の掲示板に貼る位置を考えた。白い壁にはすでに多くの紙がある。大切な情報ほど、目立たせすぎればほかを隠してしまう。
資料を貼り替えに来た若い職員は、掲示板の古い紙に小さな折り目を見つけた。何人もの患者が持ち帰ろうとして、迷って戻した跡かもしれない。井沢は新しい案内を透明なケースへ入れ、自由に取れる分を脇へ置いた。手に取ることさえためらう人が、後で一人で読めるようにしたかった。
久世は一日の最後に、翌週の診察表を見た。手術を希望する人、説明だけ求める人、しばらく通院を続ける人。印刷された名前の後ろに同じ未来が続くとは思わなかった。窓の外から救急車の音が近づき、別の診療科の職員が走った。久世は診察表を閉じて廊下へ出た。今この瞬間の病院には、まだ助けを待っている人がいる。




