相談室の窓辺
井沢の相談室には、椅子が四脚置かれていた。家族全員が同じ意見で来るとは限らないからだ。真帆と母と弟が並ぶと、一脚だけ空いた。井沢は誰の味方になるための部屋でもないと説明し、今まで受けてきた支援を尋ねた。由利は日々の工夫を記した手帳を開いた。食器棚の写真、路線図、職場に頼んだ短時間勤務。手帳は字で埋まっていた。
律は、姉が迷ったとき電話を受ける生活を苦にしていないと言った。由利も頷いた。しかし真帆は「苦じゃないことと、私が困っていないことは違う」と静かに返した。井沢はその言葉を急いでまとめなかった。手術をするかどうかは、介助が足りているかだけで決まらない。戻りたい仕事も、失いたくない家族との時間も、同じ机の上に置く必要があった。
「術後に守ってもらえる方法はあるんでしょうか」。由利の問いへ、井沢は病院と警察が取れる現実的な対策を説明した。生活を守る工夫はできる。けれど、これまで殺害が起きなかったと保証できる方法は見つかっていない。由利は手帳の余白へ何か書こうとして、結局鉛筆を置いた。数字にできない不安が残った。
井沢は机の端に置いていた時計を、三人が見やすいよう少しずらした。面談には時間がかかり、次に待つ患者もいる。しかし話している人の言葉を途中で断ち切るのは避けたかった。廊下では車椅子の音が通り、誰かが受付番号を確かめている。相談室だけが世界から切り離されているわけではなかった。
真帆は帰り際、空いた四脚目を見た。もし父が生きていたら、どう言っただろう。だが亡くなった人へ判断を預けるわけにもいかない。受付で別の治療施設の案内を受け取り、三人でエレベーターを待った。母は娘の腕を取らず、弟も道順を口にしなかった。真帆は階数表示をゆっくり追い、扉が開いたところで自分から歩き出した。




