引き出しの封筒
久世の診察室には、過去の患者から届いた手紙を保管する引き出しがあった。治療後に初めて海へ行けた人、仕事へ戻れた人、家族の声を聞き分けられるようになった人。手紙の文字や紙の色はさまざまで、どれも診療録とは別に慎重に管理されている。久世は整理のため一通ずつ取り出した。
手紙の中には、今はもう亡くなっている人のものもある。殺害の知らせが届くたび、病院では診療記録と照合が行われてきた。心臓へ杭を打たれ、ほかに外傷はない。治療が成功した事実と、殺人によって命を落とした事実は、どちらも消せない。久世は紙を破かず、日付を確認して元へ戻した。
井沢が検査結果を届けに来ると、机の上の手紙に気づいた。久世は内容を見せず、個人のものだからとだけ伝えた。井沢は頷き、次の患者の予定を確認した。病院の中では情報を必要な範囲で共有しなければならないが、誰かの感謝の言葉まで皆へ回す必要はない。
手紙を収めた封筒の一つには、小さな花の絵が描かれていた。久世はその面を上にして戻し、封を確かめた。紙が傷まないよう置き直すだけの、静かな作業だった。
夕方、久世は窓際へ立ち、駐車場を歩く人々を見た。手術を受けて退院する患者も、診断だけを受けて帰る患者もいる。久世の治療を選ばなかった人を、記録から消すことはしなかった。その人にも別の病院で続く生活がある。机の上には明日の診察予定が並んでいた。
最後の封筒を引き出しへ戻し、久世は鍵をかけた。廊下で清掃員が挨拶をすると、彼も短く返した。夜の病院では救急外来の灯りが消えない。久世は今日の診療録をもう一度確かめ、書類の端を揃えた。明日はまた新しい患者の話を聞く。




