70話 日頃の感謝を込めて
異例ばかりの授与式で、参列した人々は騒然とていたが、温泉都市クサツの名も公開され、国中に名を知られることとなった。
その後、精神的に疲れた俺とトルネは帰りの馬車を共にし、互いに生気が抜けたようにうな垂れていた。
「はぁ~。めっちゃ目立ってしまった……」
「はぁ~。ついに私も貴族になってしまいました……」
そんな俺らを見かねてバルモアがゴホンッと咳払いをした。
「お二人とも。もっと胸を張ってください。あれほどの褒賞を得られるだけの働きをし、それが正式に認められただけのことです」
「でもさぁ……。あれだけ目立っちゃったら、今後色々と絡まれそうというか、金目当ての変なのに目を付けられそうというか……」
「私も、会頭として今まで通りしていいのか、貴族としてふるまわなきゃいけないのかわかりません……」
かつてないほどの功績を挙げて祝福されたはずの二人が、逆に得た報酬に押しつぶされそうになっている姿を見てバルモアは「はぁ……」とため息をついた。
トルネがふと思い出したかのような顔をして俺に尋ねて来た。
「そういえば、スズヤさんは近々国を出られるんですよね?どこへ向かうのかは決まっているんですか?」
「あー、それなぁ。まだとくには決めてないよ。ただ、これだけ目立っちゃったから、変に他の貴族に絡まれる前には出立の用意を済ませたいと思ってる」
俺がそう言うとシアとエルは若干寂しそうな顔を見せていた。
その様子を見て俺は二人の頭をポンポンと叩いた。
「安心しろ。今度はすぐさま国外逃亡するつもりはないし、ちゃんと定期的に帰ってくるから」
「うん……!」
「わかった……!」
二人は少し笑顔を取り戻した。
その横で、「今度は……?」とトルネが俺の言葉を聞いて疑問を浮かべていた。
※ ※ ※
数日後。
俺は下賜された屋敷にファーランド王国でお世話になった人たちを呼んで、日ごろの感謝の意を込めて、盛大なBBQ大会の開催を計画していた。
広い庭に二十台ほどのBBQコンロをセットし、その周囲にはテーブルと椅子を大量に並べてある。
トルネさんとフランゼ商会の従業員が準備に協力してくれるというので、協力を頼んでいるので、メイド服や執事服を着たフランゼ商会の従業員10名ほどが、慌ただしく庭と屋敷を行き来している。
俺は人目につかないように、屋敷の自室で【ふるさと納税】のリストから牛肉、豚肉、鶏肉、野菜、海鮮、果物などを片っ端から購入して行っている。
流石にトルネさんは、もう俺が不思議な品物を取り寄せる能力を持っているってことは気づいてるだろうなぁ。
いくら俺がマジックバッグを持っているって言っても、在庫をどれだけ抱えてたんだ?って話だしなぁ。
窓から庭を眺めながらそんなことを考えていると、トルネとシアとエルがこちらを向いて笑顔で手を振る姿が目に留まった。
「スズヤさーん!全てのコンロの炭に火入れ終わりましたよー!」
「おわったー!」
「椅子も並べたよー!」
「みんなありがとー!もうすぐ降りていくよー!」
トルネさんは俺の不思議な能力にたとえ気づいていたとしても、今後も何も言ってこないんだろうな。
シアとエル、そしてこの屋敷を管理してもらうわけだし、トルネさんとクラリス嬢くらいには俺の秘密を明かしてもいいかもしれないな。
庭に出ると、門の向こうから手を振る最初の客の姿が目に入る。
「よう!今日は招待ありがとな!」
「アレクさん!エレナさんとマリアさん、ガイさんも来てくれてありがとうございます」
最初にやってきたのは龍の牙。
そしてすぐその後ろから緑の目のガッシュさんとトレルさんもやってきた。
「俺らまでお呼ばれしてよかったのか?」
「俺らは助けてもらった恩も返せてないのに。なぁ?」
「まぁまぁ。お二人にはこの街と王都の行き来の馬車でもお世話になりましたし、今日は楽しんでいってください」
その後、クラリス嬢とエクレール公爵様、ディル様が付け髭を付けたあやしい男を連れてやってきた。
「ご相伴にあずからせていただきます♪」
「この国に来てから、公爵家の皆様には大変お世話になりましたので、今日は楽しんでいってください。それで、後ろの方は……?」
「えーっとね?彼がどうしても一緒に連れていってほしいというので、断り切れなくてね。無理なら追い出してくれてかまわないから」
エクレール公爵様はそう言うが、そもそもベタな変装をしてまでうちに来るって……。
エクレール公爵様の後ろに隠れこそこそとした様子の付け髭男を俺は覗き込む。
すると、とても見覚えがある顔をしているのがわかった。
「……えっと、何をされているのですか?ディラ――」
そこまで口にしたところで、付け髭男に俺は口をふさがれた。
付け髭男は今の俺の言葉が周囲に聞こえていないか確認するかのように、きょろきょろとBBQ会場内を見渡し、ホッとした様子を浮かべ、人差し指を口元に立てて、口を開く。
「しー!私は今日はただのエクレール公爵家の知人の男。どうしても皆が絶賛するスズヤ君の料理が食べてみたくて弟に無理を言って連れてきてもらったんだ。頼むから追い出さないでくれないか!?」
いやいや……。
陛下を追い出すとか、出来るわけないでしょうよ……。
ってか俺の料理を絶賛?
誰が?
そう思ってエクレール公爵家の面々の顔を見る。
すると三人とも俺と目を合わせないようにするかのようにスッと顔を横に向けた。
白々しい……。
まぁいいか。
「わかりました。今日はBBQですので、手の込んだ料理は用意してませんけど、それでもよければ楽しんでいってください」
「ありがとう!感謝するよ」
最後に傭兵ギルドのギルマスが受付嬢を一人連れてやってきた。
「よう!招待ありがとな!!」
「ギルマスさん。お久びぶりです。今日は楽しんでいってください」
「おう!龍の牙と緑の目から聞いてるぜ?お前はとんでもなくうめぇ肉や野菜、酒を出してくれるってな!」
「あはは。期待に応えられるかどうかわかりませんけど、それで、そちらの方は?」
ギルマスさんに同行してきた受付嬢は以前案内してくれたので見覚えはあるけど名前も知らない。
「名乗るのは初めてですね。私はトリッシュと申します。本日はギルマスのお目付け役として同行させていただきました。仕事が立て込んでいるにもかかわらず無理やり予定をこじ開けて酒宴に向かう言い出したので、私がお目付け役として同伴することとなりました」
あー、うん。トリッシュさん普段からギルマスに振り回されているのかなぁ。
めっちゃ眉間に皺が寄ってる……。
せめて今日はトリッシュさんの息抜きにもなるといいな。
これで招待した人は全員きたかな?
フランゼ商会の従業員は、最初から準備に協力してもらっているから来ているし、バルモアさんも用意に協力してくれてるし、大丈夫そうだな。
俺はマジックバッグから飲み物が入った沢山のクーラーボックスを取り出し、エン爺とライアに協力してもらい、蓋を開けて並べていく。
肉、野菜、海鮮、果物、そして特別に用意した物が入ったクーラーボックスを、それぞれ別々のテーブルに用意していく。
「はーい。それでは飲み物からでーす!各自好きな物を持って行ってくださいねー!俺とエン爺の方のテーブルにあるのはお酒類。ライアの方のテーブルにあるのはジュース類です」
俺が声をかけると一斉に皆集まってきた。
俺の出す飲み物に慣れている人は早速ビールを手にしていく。
フランゼ商会の従業員の半数ほどは遠慮してかソフトドリンクへ。
トルネさんもバルモアさんもお酒は飲まないらしい。
お忍び陛下はちゃっかり両手にビールを持って行った。
「皆さん飲み物は行き渡りましたね?まずはここに集まってくれた皆さんに感謝を伝えさせてください。私はこの国に来て、それはもう色々なことがありましたが、ここにいる皆さんのおかげで楽しく過ごすことができました。本当にありがとうございます!そして、そんな皆さんに私から日頃の感謝を込めて、趣向を凝らした食事と飲み物を使った酒宴を開かせていただきました。是非とも遠慮せずに楽しんでいってください。それでは、あまり長々と話すのも無粋ですので、かんぱーい!!」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
初めて口にするビールやジュースの味に感動する者、【ふるさと納税】産の和牛や野菜を食べて、その味に驚く者、様々だった。
だが一つ言えるなら、皆が笑顔で楽しんでくれていることは間違いない。
BBQ経験のあるエン爺とライア、シア、エル、龍の牙が先導して、皆はそれにならって思い思いに好きな食材を網の上にのせて焼いていく。
ある程度、食と酒も進んできたところで、俺は用意していた特別なクーラーボックスを開いた。
「みなさーん。今日は特別な食材も用意しているので、ぜひこちらも網で焼いてご賞味ください!」
俺がそう言って皆に提供したのは、ラーヴァピスキスの切り身。
エン爺や龍の牙の舌をも唸らせるほど美味な魚肉だ。
しかも、大量にあり過ぎてとても身内だけでは食べきれない。
まだオークションに出品した個体すら、オークションが始まっていないので世に流れていないから、先んじて売りに出すわけにもいかない。
それなら、こういう場で提供して皆に味わってもらうしかないだろう!
絶品の魚肉の味、とくとご覧あれ!!
クーラーボックスから取り出したのは、ラーヴァピスキスの刺身を並べた大皿を10皿と、BBQ用に切り分けた大量のラーヴァピスキスの切り身。
物を見た瞬間、何の肉かを一瞬で悟った龍の牙の面々は、我先にと魚肉を取りに向かう。
他の者たちの中には、こんな内陸で新鮮な魚肉……?と不安を覚えている人も。
無理もない。
マジックバッグがなければ、新鮮な魚肉を内陸に運んでくることはまず不可能。
マジックバッグがあったとしても、ここまで運んでくるとなると、とんでもない輸送費がかかるのは当たり前で、海を持たぬファーランド王国では、海鮮や魚肉というだけで超高級食材なのだ。
しかし、龍の牙とシア、エルがラーヴァピスキスの切り身を網に乗せて焼き始めると、そんな会場の不安は掻き消えた。
網の上で焙られて、滴る油が炭火に落ちて、ジュゥゥゥと音を立て、皆の食欲をそそり。
炭火で焼かれた魚肉からは、これまで嗅いだことが無いほど美味しそうな、香ばしい匂いが会場に居た者たちの鼻腔をくすぐった。
そして、それを口にする彼らの、得も言えぬような満足した表情が、様子をうかがっていた者たちの胃袋を強烈に刺激した。
様子見していた者たちは、一斉にラーヴァピスキスを取りに群がり始める。
最初は躊躇っていたトルネや陛下も、すぐさまラーヴァピスキスの切り身を取りに向かい、網に乗せて焼き始めた。
「「「「「「「うまい!!」」」」」」」
「何だこの魚肉は!?」
「これほど美味い魚肉がこの世にあったのか!?」
「フランゼ商会でもこんな魚肉は扱っていないですわ!」
「うまい!王城でもこんな魚は出ないぞ!!」
「ふぉー!!スズヤさん!何ですかこのお肉!?この魚肉!売りましょう!絶対売れます!!!」
「会頭。是非この魚肉はフランゼ商会で買い付けるべきかと」
トルネさんとバルモアさんは相変わらず商売脳だなぁ。
ってか陛下?
みんなに混ざって食べるのはいいですけど。
王城って口走ってるけど大丈夫ですか?
あなたお忍びですよね?
その後も、用意した大量の食材と飲み物が尽きるまで、集まった人たちは大いに騒ぎ盛り上がっていた。
招待客の飲食が落ち着き始めたので、自分たちの食事を楽しむフランゼ商会の従業員。
ビールを片手にリバーシ勝負をするアレクとエレナ。
同じくビール片手にチェスに励むガッシュとトレル。
ラーヴァピスキスの刺身をつまみに、日本酒を冷酒と熱燗で楽しむエン爺、マリア、ガイ、エクレール公爵。
肉や海鮮を食べながら、まるで水でも飲んでいるかのようなペースで、ガバガバとビールを飲み続けるギルマス。
ギルマスを止めるのを諦め、食事と酒を楽しむことにし、日本酒の入ったグラスを片手にラーヴァピスキスを食して満面の笑みを浮かべるトリッシュ。
焼きリンゴや焼きバナナを一緒に作って、わいわいしているシア、エル、ライア。
そして焼いた果物に興味を持ち、いつの間にか少女組に混ざる陛下。
そんな陛下の様子を見ておろおろしている、ディルとクラリス。
食材一つ一つの味を確かめながら、商売の話をするトルネとバルモア。
そんなみんなの姿を見て、俺は心地よい気分に浸っていた。
やっぱこういうのって、いいよね。
ほんとに俺はこの国に来てよかったな。
あの国で召喚されて追放されたときは、先も見えなくて絶望しかけたけど、偶然、龍の牙と出会って。
それからトルネや緑の目の二人、ライアと出会い、獄炎龍なんてとんでもない存在のエン爺まで仲間になって。
シアとエルを引き取ったり、公爵家の依頼で都市や温泉の開発をすることにもなったし。
この国に来てからほんとに色々あったけど、俺はここにいるみんなのおかげで、今こうして笑っていられる。
ほんとに出会いに感謝だね。
俺はこの世界に来てから、流されるままに動いていて、何か目的があったわけじゃないけど。
これからは、この場所とみんなの笑顔を守っていけたらいいな。
その為にもこの世界のことをもっと知らなきゃな。
これからは色んな国を巡って、この世界の知見を広めていこう。
戦う力もないし、争いごとは苦手な俺にも、きっと出来ることはあるはず。
俺一人の力じゃ出来ることは限られてるかもしれないけど、今はこれだけ頼れる人たちも居るしね。
感慨に浸り、物思いに耽っていると、そんな俺の様子に気が付いたトルネは声をかける。
「スズヤさーん!何1人でぼーっとしてるんですか!もっと楽しみましょー!!」
「なんでもないよ。ささ、今日くらいはトルネさんもバルモアさんも、仕事のことは忘れて飲みましょ!!ほら、カンパーイ」
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