61話 温泉施設プレオープン1
一夜明けて、俺たちは温泉施設でボードゲーム大会で入賞した人たちを出迎える準備を始めていた。
エルとクラリスも入賞してたけど二人を除いても16位以内入賞者は46人いることになる。
「なんでこんな朝早くから俺が掃除なんか……」
これから初めて外部の客を招き入れることになるというのに、緊張感も無く愚痴をこぼしながら掃除をしているのはラーサンだった。
そんなラーサンを睨みつけトルネは一言。
「鉱山送り――」
というとピタっと愚痴を止めて必死で掃除に励み始めた。
うん。更生はまだしてなさそうだけど、トルネがラーサンの手綱を握っていればそのうち反省しそうだね。
流石に鉱山送りや戦場送りと比べると天国だろうしね。
トルネと一緒に全体を見て回り、確認漏れがないか調べていく。
既に食堂エリアもクラリスが手配した国内から集まった店舗がそろっている。
シア。エル。沢山のお店が並んで美味しそうな匂いがしてるからって、そわそわしないの。
あとで皆で食べに来ようね。
今日は俺たちもお手伝いするよ。
こういうもうすぐ公開ってときの緊張感って何ともいえないよね。
ワクワクしつつもどこか不安が残っていてドキドキする感じ。
そして遂に開店の時間を迎えた。
入賞者全員は流石に来ないだろうと俺は予想していたけど来店したのは44人。
なんと二人を除いて入賞者のほぼ全員が訪れてくれた。
早速トルネは案内をはじめ、皆思い思いに好きなエリアに向かっていく。
やはりボードゲーム大会で入賞した人たちだけあり、早速プレイエリアでボードゲームの勝負に勤しむ人がちらほら。
そうだよね。みんな入賞者だからかなりの実力者だし、国内各地から集まった猛者と勝負ができる機会なんてそうそうないだろうから、心行くまで対戦したくなる気持ちはすごくわかるよ。
でも、温泉を少しでもいいから体験してほしいなぁ!!
そんなことを考えていると一人の片眼鏡をかけた鋭い目つきのダンディな老人が早速温泉エリアへ向かっていった。
彼は将棋の優勝者だったかな?
決勝トーナメントに最後に残った身内のクラリス嬢を応援していたから覚えている。
クラリス嬢もかなり強いけど、その彼女をあっさりトーナメント2回戦で下したのは凄かった。
彼と当たるのがもっと後ならクラリス嬢ももう少し上を狙えたんじゃないかな。
「どうして俺が配膳なんか……」
「戦場――」
またやってる。
ラーサンも懲りないなぁ。
ぼやくラーサンを速攻で短いキーワードで黙らせていく様子を見ていると、某掲示板で昔流行ってた、ガッてやるやつみたいに思えてきたぞ。
何故かぼやきつつも真面目に食堂エリアで配膳を務めているラーサンを、先ほどの温泉エリアに向かっていた老人が足を止めてわざわざ振り返って見つめていることに気が付いた。
ん?ラーサンの知り合いかな?
元々国内中に販路を持つグエル商会の会頭をしてたわけだし、ラーサンの顔を知っている人は多いだろうからね。
その後、俺たちもあちこちを見回り、トルネと一緒に従業員や客の様子を見て問題が無さそうだったので、接客は本業の従業員の人たちに任せて昼からは温泉施設を客として堪能することとした。
先日はまだ準備中だったので開店していなかった食堂エリアで思い思いの料理を頼み、大人組は酒を飲んだ。
一応温泉施設を客として堪能することとなったとはいえ、クラリスの護衛中なので龍の牙の面々はお酒を控えている。
マリアが恨めしそうな顔で、ワイングラスを口に運ぶエン爺のことを何度もチラ見していた。
食事を終えて俺たちは温泉へ向かった。
今日は他の客もいるので、当然ながら温泉セットは封印だ。
今日はエクレール公爵様とディル様もいるからサウナの素晴らしさを布教せねば!
脱衣所で服を脱ぎ、皆で浴場へ進む。
体を洗ってからは各自好きな所へ向かっていった。
エン爺はサウナに直行。
アレクとガイは露天風呂。
俺はエクレール公爵様とディル様を連れてまずは普通のお風呂へ。
肩まで浸かるとエクレール公爵様もディル様もとてもリラックスした様子で声を上げた。
「「はぁ~」」
わかるよ。そういう反応になるよね。
声出ちゃうくらい気持ちいいよね。
「本当にここの湯は聞いていた以上に素晴らしいね。普通のお風呂とはまた違った心地よさがあるよ」
流石エクレール公爵様!違いが分かる男ですね!
「そうですね。私も湯舟に浸かるのはそれほど好きではありませんでしたが、ここの湯は普通の湯よりなんだか柔らかく感じます」
柔らかい湯!いい表現ですねディル様!
「確かに源泉を引いているので湯は普通の水を沸かした物と違って素晴らしいですが、温泉の良さは湯だけではありませんよ?」
「ほう。ではそろそろ他も体験してみるとしようかな」
「そうですね」
「ではサウナの使い方をお二人にも私がレクチャーしますね」
「よろしくたのむよ。蒸気のお風呂だよね。楽しみだ」
初めてのサウナに期待し笑みを浮かべるエクレール公爵様たちを連れてサウナに入る。
すると最初に温泉エリアに向かった片眼鏡の老人とエン爺がサウナの中で温まっていた。
なんだか二人とも異様にサウナに入っている姿が絵になるな。
そんなことを考えつつ公爵家の二人をサウナに座らせる。
「これはなかなか……」
ディル様はちょっと辛そうだね。
初めてだとそういう感想になるよね。
「うん。体が芯から温まって血流が良くなっていくのを感じるね」
なんと通のような発言!
初めて入ったサウナでその感想が出るとは、やはりエクレール公爵様はただものではない。
ディル様は2~3分でギブアップ。
エクレール公爵と片眼鏡の老人はそのまま俺が出るまで何時も入ってる10分が経過するまで籠っていた。
あれ?片眼鏡の老人もこの国の人ならサウナ初心者ですよね?何者ですか?
ついでなので片眼鏡の老人にもサウナを出た後に水風呂へ入ると心地よいと教えてあげる。
3人で並んで水風呂に浸かり「「「はぁぁぁ~」」」と声を上げる。
「スズヤ殿。素晴らしいね。これは」
エクレール公爵様が俺の名を呼び、そう言った瞬間。
となりで一緒にととのっていたはずの片眼鏡の老人が若干目を広げて俺を見たような気がした。
気のせいかな?
その後、老人は俺に「まことにありがとうございました」とやけに丁寧に頭を下げ、感情のこもった礼を述べて風呂を出ていった。
サウナと水風呂を教えただけでそんな大げさな……。
気にいったのかな?サウナ仲間ができた?
それから露天風呂へ公爵家の二人を案内し、各自好きにすることにした。
俺は2度ほどサウナと水風呂を行き来し、心地よさで昇天した。
エン爺はずっとサウナに閉じこもっていた。
あったかくて気持ちいいのはわかるけど、脱水とかならない?
エクレール公爵様もディル様も最後にもう一度サウナと水風呂を往復し、満足したようなのでサウナの主となったエン爺と露天風呂で長風呂していたアレクとガイに声を風呂をでた。
すると女性陣も丁度風呂を上がって来ていたので、ほてりを冷ますために少し休憩すべく皆でプレイエリア傍の休憩所へと向かった。
今日は入浴後の浴衣もちゃんと配備されている。
浴衣は程よく涼しくていいよね~。
浴衣姿で皆でほてりを冷ましつつ、飲み物を飲んでいると、トルネさんがやってきた。
「公爵様。温泉はいかがでしたか?」
「いやぁ。想像以上だよ。スズヤ殿が熱心になるのも頷けるね。特にサウナが気に入ったよ。毎日でも来たいくらいだね」
おお!想像以上の高評価!しかもサウナ好き!
「サウナを気に入っていただきありがとうございます。頑張って案を出した甲斐があります。実際に作業員に指示を出して作ったり、俺の案を実現させてくれたのはトルネさんとクラリス嬢ですけどね」
「いやいや。確かに二人の功績が大きいかもしれないよ?それでもこれほどの施設を作る案を思いつけるだけでもすごいよ。ファーランド王国には入浴の文化すらあまりないからね」
「温暖な国のようですし、そこは仕方がありませんよ。これからこの温泉を起点に広まっていくといいですね」
「そうだね。是非国内の全ての都市にサウナを設置してもらいたいね」
早速サウナ信者になりつつある?
感想も聞き終えたのでトルネが従業員たちの元へ戻ろうとしていると、片眼鏡の老人がトルネの前に立ちはだかった。
温泉で見せていたやや緩い顔は元に戻り、再び鋭い目つきを取り戻したその鋭い眼光で、目の前に立つトルネのことをただじっと見つめていた。
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