56話 極上の魚肉
今日は朝から温泉都市を出て少し離れた場所へと向かっている。
勿論。昨日エン爺が持ち帰ってきたラーヴァピスキスを解体するためだ。
2時間ほど歩き続け、俺が肩で息を付き始めたあたりで、いい具合に岩場に囲まれている開けた場所を発見した。
なんでみんな平気そうなの?
シアとエルは俺らと一緒に食事してるから身体能力は一流傭兵並みだとして、クラリス嬢は一般人だよね?
というか俺も能力は伸びてるはずなのにどうして……。
力とかが伸びても体力をつけるには実際に体を動かさないとダメとか?
ラーヴァピスキスを出すのに邪魔になりそうな岩をアレクとガイ、エン爺がどかしてくれたので俺はまず1匹のラーヴァピスキスを取り出した。
3匹の中で一番大きな15mほどのラーヴァピスキス。
実際に目の前に出すと大きい。
最初の個体がでかすぎたので少し小さく見えるけれど、それでも目の前で見るとあり得ない大きさをしている。
「これがラーヴァピスキス……。本当に大きいですね。それにこの岩のような外皮。溶岩の中で生活していけるのも納得です……」
クラリス嬢はラーヴァピスキスの堅い外殻に触れながら興味深そうに観察している。
「んじゃ解体始めるぞー。これほどデカイ魚は初めてだけど、いつもと同じようにやってみるか」
アレクの号令で龍の牙は皆解体作業に取り掛かる。
しかし、早速問題発生。
普通のナイフでは刃が通らず、4人がスズヤから購入したナイフは刃が通るのだが、短すぎて解体するに至らなかった。
「流石にデカすぎる……。この巨体をちっぽけなナイフだけで解体してたら今日中に終わらねぇぞ。なぁスズヤさん。もっと長い獲物出せないか?」
そう言われて俺は【ふるさと納税】のリストを眺める。
一応俺のスキルを知らせていないクラリス嬢には不審に思われないように、エン爺の陰に隠れてリストを確認している。
うーん。柳刃包丁や正夫包丁なら刃渡り24cm~30cmくらいのもあるけど、こんな細い刃でいけるのか……?
日本刀はリストには模造刀しかないから切れそうにないし。
日本刀のオーダーメイドってのもあるからこれなら刃を付けられる可能性あるけど、金貨1000枚い以上するし、そもそもオーダーメイドの商品で購入できるのか?どうやってオーダーするの?
悩んだ挙句、一番刃渡りが長い30cmの包丁を4本チョイス。
・正夫包丁 39万5千円
攻撃力+120
サビに強く、鋭い切れ味を持つ「銀三鋼(銀紙3号)」を使用。
黒石目塗りのサヤ・ピン付き
刃渡り: 約300mm
全長: 約450mm
柄: ウエンジ両輪(水牛)
マグロ等、大物の解体に最適。
【不壊】
【水生特効】
【切れ味倍化】
うん。ちょっと刀っぽい。
見たところ不穏な能力も付いてないな。
でもこの長さの刃物だと魔物や人相手でも立派な武器になりかねないし、龍の牙のみんなは信用できるとはいえ、画一的で見慣れぬ刃物なうえ能力の付いた魔剣とか怪しすぎるから流石にこれはレンタルかな。
早速貸し出しということで包丁を4人に配っていく。
すると包丁を手にした4人は目を輝かせていた。
暫く手に持った包丁の美しさに見とれたかと思うと、訴えかけるような目で俺をじっと見つめてきた。
だ、ダメだぞ!?
そんな目をしてもあげないからな!?
貸すだけだからな!?
「わかったよ!んじゃ解体再開するぞー!さてと、この長さならギリギリ――」
そう言いつつ、エラのあたりからアレクが包丁を刺していくと、スゥッと包丁の刃がラーヴァピスキスに吸い込まれていく。
「はぁ!?今全く手ごたえを感じなかったぞ!?」
包丁を抜いたアレクは切った場所と包丁と交互に何度見もして狼狽えている。
「えっ!?ひれ周りにも外殻があるのに、柔らかいパンを切るときくらいしか抵抗を感じなかった……」
エレナは一息に巨大なひれを切り落とせたことに驚いている。
「腹も普通のお魚をさばいているくらいの感覚で開けました♪」
「うむ」
マリアとガイは腹を開き笑みを浮かべた。
うーん。鍛造系の刃物は封印すべきかもしれないな……。
オーダーメイドの日本刀とか買った日には、恐ろしい武器になりかねないぞこれ。
先ほどまでの手間取りようが嘘のように巨大なラーヴァピスキスの解体はサクサクと進み、3時間も経ち、昼を少し過ぎた頃には1体目の解体が完了した。
素材となりそうな外殻や骨は、俺がエン爺用に用意したマジックバッグに収納していく。
身のほうは今日食べる分を残してメインのマジックバッグに全て収納。
「お疲れ様」
俺はお茶を入れたコップを4人に配りつつ声をかける。
「ふぅ。ここまでデカイと解体も一苦労だったぜ」
「助かるよ。俺にはできないからね」
「いやぁ。この包丁?ってナイフのおかげだぞ。切れ味がすげぇのなんのって、切った感触がなさすぎて正直武器としては使えねぇくらいだ」
ん?以外にも低評価?
切れ味いいのにダメなの?
「そうなの?」
「ああ。【水生特効】が付いてるって言ってたな?そのせいかあり得ない切れ味だった。でもそんな切れ味をしてたら、いざ切れにくい相手を切ったとき、刃が通る感覚が違いすぎて使いづらそうだ」
なるほど。武器にはそういった感覚も大事なのか。
「そうだねぇ。私もスズヤさんから買ったナイフを愛用してるけど、岩まですぱすぱ切れるから最初は戸惑ったからねぇ。特効までついてるってなると、特定の対象以外に使うのは控えてその対象だけに対して使う武器にしないと難しそう」
なるほど。相手によって武器を使い分けるってことか。
「普通であればそうして武器をつかいわけるのですが、この包丁というナイフは切れすぎるので普段使いも可能ですし、そのまま使い続けて感覚に慣れた場合、水生かどうか判断が怪しい魔物と戦う場合リスクが伴いますしね」
「マリアの言う通りだな。さらに言うと切れすぎるから武器便りになって、腕が鈍りそうだ」
「うんうん。私も普通のナイフと二刀流にして感覚が鈍らないように注意してるけど、結構大変だし。このサイズの武器だと二刀流は難しいから使い慣れたら他の武器は使えなくなっちゃうね」
「うむ」
流石一流傭兵だなぁ。
そういう見方もあるのか。
ん?武器として今使えないって言ってたよな?
包丁をマジックバッグに仕舞おうとする俺の手を何故掴んで阻止してるのかな?アレクさん?
「アレクさん?この手は?危ないのでいったんしまおうと思ってるんですけど?」
「特攻無しでもどれだけ切れるのかちょっとだけ試してみたくてな?ちょっとだけ!その辺の岩をちょっとだけ!なっ?」
「はぁ。ダメです。この刃物は調理用に作られたものです。武器としては使わせません」
「「ぶーぶー」」
アレクとエレナのブーイングを無視して正夫包丁を収納し普通の包丁を取り出した俺は、待機している時にあらかじめ用意しておいたBBQコンロに乗るように、ラーヴァピスキスの切り身を切り分け、串を通していく。
うん、エン爺の言う通りすごい油が乗ってて綺麗な白身だ!
こんなの絶対美味いに決まってる!
まずは塩コショウだけ振って人数分を網の上に並べていく。
炭火に晒された切り身は油が滴り、ジュ~という音と共に香ばしい匂いをあたりに漂わせ始めた。
これ絶対美味い奴!!
もう包丁のことは忘れたのかアレクとエレナはシアと一緒になって、涎を垂らしながら網の上で焼けるラーヴァピスキスの切り身を注視し始めている。
火が通ったのを確認し、皆に串を1本ずつ配り、いざ実食!
一口パクリと口にすると、噛んだところから溢れた肉汁のうまみが口いっぱいに広がっていく。
「うんまっ!!これ魚肉か!?めっちゃ脂がのってて魚肉とは思えないぞ!?」
「うむ。懐かしい味よ。魚でありながら肉にも勝る極上の身」
俺とエン爺が感想を伝えあっている後ろでは、皆ラーヴァピスキスのうまさに感動して歓喜していた。
皆ぺろりと切り身を食べ終え、好きにしていいよと伝えると大きな切り身から各自好きな大きさに身を切り分けて網の上に並べていく。
「スズヤ殿の調味料と料理の腕があればもっとうまくなるのではないか」
「そうだねぇ。こんなにおいしい白身なら、アクアパッツァにしてもいいし、うま味を閉じ込めるムニエルも最高だろうなぁ。あとは刺身も美味しそうだけど、この肉って生で食っても平気?」
「「「「「えっ!?」」」」」
皆網の上の切り身に夢中になっていたのに、俺の言葉に反応した。
龍の牙とクラリスは魚を生で食うというとあり得ないという顔をした。
「いや、俺の故郷には普通にあるんだよ?刺身って言ってね?生だったり昆布で〆たりした魚の切り身を食べる料理が。その刺身を酢飯に乗せた寿司ってのがそれはまだ極上でねぇ~」
龍の牙の面々とクラリス嬢は顔を合わせると静かに頷く。
スズヤの故郷の料理なら絶対うまいと。それもあのスズヤが極上と称す料理、是非食べてみたいという気持ちで一同は一つになった。
「スズヤさん!この身を鑑定してみるのはどうだ!?」
アレクが唐突に鑑定を促してきた。
そうか、鑑定したら危険かどうかわかるな。
・ラーヴァピスキスの切り身。
特上の油を身に宿したラーヴァピスキスの切り身。
溶岩に住むラーヴァピスキスの身は、うま味とミネラルが凝縮され極上の食材となる。
生息域故に熱に弱い寄生虫の類もラーヴァピスキスの身には住み着いておらず、生食可能。
「お、生でも行けるみたいだ」
皆その一言を聞いて「わぁぁ!」と歓声をあげた。
その後、ラーヴァピスキスの切り身から柵を切り出し、丁寧に薄切りにしていく。
流石に普通の包丁では切り辛いので正夫包丁を取り出し、頑張って薄く切っていく。
プロの料理人でもなければ魚屋でも寿司職人でもない俺はそこまで綺麗にさばけないけど、まぁ及第点かな。
大きな平皿に、ふぐ刺しのように切り身を盛り付けて完成!
刺身醤油とわさびを購入していざ実食。
箸で一枚切り身を取り上げ、小皿に垂らした刺身醤油にちょんちょんとつける。
すると刺身醤油の表面にラーヴァピスキスの油がにじんで虹色の光る。
うん。油が濃厚な証拠だ。
まずはサビ抜きで刺身醤油のみで味を確かめるために口に運ぶ。
口に入れると広がる醤油とラーヴァピスキスの油が混ざり合った芳醇な香り。
そして噛むと程よくコリコリとした歯ごたえがありつつ、歯でかみ切れるほどの絶妙な柔らかさ。
噛むたびにラーヴァピスキスの濃厚な味が口に広がっていくのを感じる。
俺がゆっくりとラーヴァピスキスの刺身を味わっている様子を真剣な表情で皆は見つめていた。
「……で。どうだった?」
俺がゴクリと呑み込んだのを見てアレクが尋ねる。
俺は口の中に残った余韻を逃がしたくないので、無言でサムズアップで答える。
するとそれを見た皆は我先にと刺身を取り合い、口にすると蕩けるような顔を浮かべていた。
そんな様子をライアが羨ましそうにジーっと見つめていた。
「あっ。ごめんね。ライアは食べられないよね。すぐ果物を用――」
「食べてみたい」
珍しくライアが野菜や果物以外に興味を示したのを聞いて俺は驚いた。
「大丈夫?無理してない?」
ライアは小さく首を縦に振る。
「熱くないなら、いける」
ライアに刺身を数切れとりわけてあげて、食べる様子を観察した。
エルもライアが魚を食べようとしているのが気になったのか、一緒になって俺の隣でライアの様子を見つめていた。
ライアは刺身を口にして笑みを浮かべた。
「おいしい」
「そうか!もっと食べるか!?」
俺は野菜や果物以外に興味を示したことが嬉しくなった。
「ん。これならあとちょっとだけ食べたい」
「私がとってきてあげる!」
そういってエルがライアの分の刺身を取りに行って戻ってきた。
その後、少しだけお代わりして、ライアはいつものように果物を食べていた。
何はともあれ、みんなラーヴァピスキスに満足そうで何よりだ。
その後、午後に残りの2体も龍の牙の面々に解体してもらい、温泉街に帰り着いた頃にはすでに辺りは暗くなりかけていた。
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