5話 リンゴの取引
話があるので奥の部屋へと告げた受付嬢の顔は、笑みを浮かべているが、笑っているように見えない。
これはやらかしたか……。
もっと慎重に動くべきだった。
やっぱ世に出したらまずい物だった?
リンゴを持ち込む前に先に鑑定しておけばよかったのか?
そんな不安と後悔が頭の中をぐるぐる回りつつも、案内に従い廊下を奥へと歩いていく。
すると、部屋の前に到着し、受付嬢が足を止めた。
「こちらです。中へどうぞ」
案内されるがままに部屋へ入ると、恰幅のいい男性が部屋の中で待機していた。
そして俺が部屋に入ると、すぐさまドアが閉じられ、ドアの前には案内してくれた受付嬢さんがそのまま待機している。
逃げ出さないための見張りだろうか……。
「ようこそスズヤさん。どうぞおかけください」
「……失礼します」
これから断罪される罪人になったような気分で、男の指示に従い、俺はゆっくりと向かいの席に腰を下ろした。
目の前のテーブルに目を向けると、1つのリンゴが白い布の上に丁寧に置かれていた。
「ではまずは自己紹介から。私は当ギルドのマスターを務めておりますヘイブと申します」
「……どうも。私はスズヤ=ミナトと申します」
「早速ですが、こちらの果物について――」
ヘイブは白い手袋を嵌めた手でテーブルの上に置かれたリンゴを指し示した。
やっぱ禁制品!?
なんて言い訳したらいい!?
冷や汗を流しつつ焦っていると、ヘイブが続きを口にする。
「1つ金貨5枚でいかがでしょう?」
「……はい?」
金貨5枚?
それって……5万円!?
リンゴ1つが??
禁制品とかじゃなく超高級品ってこと!?
意外さのあまり固まった俺だったが、そんな俺の様子を見てヘイブは言い直す。
「やはり安すぎますか……。金貨7枚では?」
「いやいや……」
いくらなんでも高すぎるよ。
どういうこと?怖いんだけど!?
「では、いくらならお売りいただけますか!?」
何かの果実と間違えてるとか?
流石にぼったくり価格でリンゴを売って、後から難癖付けられても怖いよ!!
そんな高額でリンゴの取引するの不安しかないんですけど!?
ここは間違いが無いようにちゃんと確認しておこう。
ヘイブさんが勘違いしている可能性もあるしね。
「そもそも、この果実が何なのか、ヘイブさんはご存じなのですか?」
そう問いかけられたヘイブはハッとした顔をした。
「なるほど、私の知識を試されていたのですね。わかりました。正直にお答えしましょう。ギルド所有の鑑定の魔道具で確認したところ、こちらの果実は知恵の実という非常に美味で特殊な効果を持つ異界の果物と鑑定されました。私も文献でしか見たことがありませんでしたが、この芳醇な香り、そしてこの宝石のごとく赤く艶めかしい輝き。まさに伝承通りの果実です!!」
ん?
この人は何を言ってるんだ?
普通のリンゴだぞ?
確かに向こうの世界の逸話とかで、リンゴは知恵の実と呼ばれることもあるけど、俺が持ち込んだそのリンゴはアダムとイブには一切関係が無い、ただの美味しい果物ですけど?
「ちなみにこれをどちらで?」
「それはちょっと……」
言えない!
スキルで購入したので異界の食べ物ですが、いつでもお取り寄せできますー!なんて絶対言えない!!
「商人が飯の種を簡単に明かすわけにはいきませんよね。どこかのダンジョン産か、はたまた僻地にこの果実が実る木が……?となるとやはり金貨8枚は下らない……?スズヤ様。これは他にもいくつか卸していただける予定は御座いますか?」
「ええ、あと16個程……」
「なんと!?他にも16個も!?もし17個すべて買い取らせていただけるのであれば、金貨150枚で買い取らせていただきたいのですが!?いかがでしょうか!?」
興奮して身を乗り出したヘイブは鼻息荒く、食い気味に交渉に乗り出してきた。
顔近いし鼻息荒いし、ってかもうなんか怖い!!
ん?ってかいくらって言った?
「150枚……?」
「くっ!やはり1つ金貨10枚は譲りませんか……。わかりました。17個で金貨200枚!これ以上は流石に!」
「それでお願いします!」
「やはりだめですか。ですが流石に知恵の実といえど当ギルドの予算ではこれ以上は……。え?今なんと?」
「ですから金貨200枚で17個お譲りいたします」
「おおお!スズヤ様!ありがとうございます!」
「ですが条件があります。私がこの果物を持ち込んだということはできれば内密に」
「もちろんでございます。たとえ王族であろうとも、商人として仕入れ先を口外するような真似は致しません」
「では」
そういって鞄から残りのリンゴを取り出しテーブルに並べていった。
「おおおお!スズヤ様はマジックバッグもお持ちなのですね!!」
「え、ええまぁ」
【空間収納】って能力が付いた鞄なんだけど、似たようなものでマジックバッグってのが流通しているなら、これからはマジックバッグってことにしておこう。
林檎を17個全てテーブルの上に並べ終えると、ヘイブの興奮は最高潮に達した。
「おおお!!これほど綺麗な状態の知恵の実を私の目の黒いうちに見ることが出来るとは思っても居りませんでした!感謝致します!」
「あはは。喜んでいただけてよかったです」
うう。ただのリンゴでこれほど喜ばれるとものすごく申し訳なくなる!
悪いことをしてるわけじゃないのに何だかつらい!!
こうして無事商談は成立し、大金貨20枚を受け取り商業ギルドを後にした。
金貨1枚で買ったリンゴが金貨200枚に化けてしまった。
なんかあくどい商売をしている気分になるなぁ……。
リンゴ1つでこの騒ぎなら、あちらの世界の他の果物もこちらで世に出すのは今後控えた方がいいかもしれないな。
どこかで栽培でもして定期的に市場に流せるようになれば別なんだろうけど。
あっ。そういえばリンゴを鑑定するの忘れてた。
まぁいっか。
翌日。
宿で朝食を済ませ、東門前広場にある馬車の停留所へと向かった。
ギルドが用意してくれた馬車と馬には既に龍の牙の面々が集まって、馬車に荷物を積み込んでいた。
ギルドで受け取った札を馬車の前に居た男性職員に手渡すと数字を確認し「確かに。確認しました。スズヤ様ですね」と告げて職員は札を回収した。
あれ?よく見たら御者がいない?
あっ!御者を頼むの忘れてた!!
龍の牙の人たちの中に御者が出来る人が居ることを祈ろう。
高ランクの傭兵なら馬車にも慣れてると信じたい。
「馬車はどうやって返却したらいいですか?」
「ファーランド王国の王都へ着きましたら傭兵ギルドに馬車を返却ください。あちらからこの国へ向かう方に貸し出して使ってもらうので問題ありません」
なるほど。貸し馬車ってそういうシステムなのか。
盗難にあったらどうするんだろう?
意外と信用で成り立ってるのかな?
保険とかあったりする?
ギルド職員と別れ、馬車の元へ行き、荷を積み込んでいる龍の牙の面々と合流する。
「おまたせしました」
「いや、俺らもさっき来たとこさ。改めて自己紹介をしとくぜ。俺らはBランク傭兵の龍の牙。俺はリーダーのアレク。見ての通り剣士だ」
アレクは最初はガラが悪そうに見えたけど、こうして話してみると快活な青年剣士って感じだな。
「私は斥候役のエレナだよ。よろしくね!」
赤髪ショートの元気っ子は斥候か。背中の弓がメイン武器なのかな?
「私は回復と補助担当のマリアです。よろしくおねがいしますね」
おお!金髪美女は魔法使い!回復と補助がメインってことはヒーラーなのかな?
「大盾使いのガイだ。よろしく」
大柄の糸目タフガイはまさかの名前までガイとは。寡黙っぽいけど、それも強者って感じで強そう。
「俺は、商人のスズヤ=ミナトです。よろしくおねがいします」
「へー!家名もちなんだ!」
「あー、いや、まぁ」
この世界では家名って偉い人しか持ってないのかな?
これから名乗り方を考えた方がいいのかな?
召喚されたときにもフルネームを名乗ってるし、これからは名字だけの方がいいか?
名乗り方を少し考えていると、マリアさんは俺が鞄一つで来たのに気が付いたようで、首を傾げながら問いかけてきた。
「あら?スズヤさん。荷物が少ないようですが、大丈夫ですか?ファーランド王国の王都までは馬車でも最低6日、天候次第で8日は掛かりますけれど」
「あー、あとで説明しますが問題ありませんよ。皆さんの分の食料も私持ちで大丈夫です。それと、私は御者の経験が無いのでどなたかお願いできると助かるのですが」
「ああ、俺らはみんな経験があるから大丈夫だ」
「はいはーい!最初は私がやりたい!」
本人の希望により最初の御者はエレナさんに決定した。
先ほどから馬と楽しそうに触れ合っていたので御者が好きというよりも馬が好きなのかな?
所持金 金貨362枚 銀貨3枚 黄銅貨4枚 青銅貨2枚
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