第9話:精神汚染兵器――『イヤイヤ期の理不尽』を無力化せよ
作戦開始時刻、金曜日午前1630(ヒトロクサンマル)。
夕刻の「魔のタイムゾーン」。
中立地帯(公園)から帰還した我が軍の要人(長女3歳)が、
リビングの真ん中でついに『それ』を発動させた。
「いやーーーーっ!! これじゃないーーーっ!!」
突如として放たれた、鼓膜を突き破る高周波叫び(音波攻撃)。
長女はその場に倒れ込み、エビ反り状態で床をのたうち回っている。
「……発動したわね。精神汚染兵器(イヤイヤ期の理不尽)……!」
私は手にしていた夕食の包丁を静かに置き、 正面から要人と対峙した。
事の発端は、ほんの数分前の出来事だ。
おやつとして差し出したバナナの皮を、 親心(親切心)から
私が剥いてあげたこと。
ただそれだけの行為が、3歳児の琴線(逆鱗)に触れたのだ。
「メイが自分で剥きたかったのー! バナナ元に戻してぇぇぇぇーっ!!」
「……無茶を言わないで要人。
一度分離した有機組織(バナナの皮)を 元通りに再結合させる技術は、
我が軍には存在しない」
論理的な説得を試みる。
だが、イヤイヤ期の暴走状態にある要人に、 大人の理屈(言語プロトコル)は
一切通用しない!
「元に戻してー! バナナくっつけてー!」
さらに激しさを増す咆哮。(注:猛獣が激しくほえたけること)
「バナナが折れた」「靴下の線が曲がっている」
「お気に入りの服(長袖)を真夏に着たい」――。
思考回路を麻痺させる理不尽な要求の数々は、 司令官の精神力(SAN値)を
じわじわと削り取っていく。
(……くっ……! 正面から受け止めれば、こちらの精神が崩壊する……!)
精神汚染攻撃(理不尽な怒号)に対し、 正面からの説得や感情的な対立は
悪手中の悪手。
求められるのは、要人の意識を別のターゲットへ逸らす『誘導作戦』だ!
「……作戦変更! ターゲットの注意力を逸らす『意識誘導フェイズ』へ移行する!」
私は素早くリビングのテレビを起動し、 絶対的防衛兵器『アンパンマン』
の映像を再生(投射)した!
「メイ、見るのだ! 画面の中に正義のヒーローが展開されたわ!」
……しかし!
「アンパンマン見ないーーーっ! バナナぁぁぁ!」
(――な……なにっ!? 普段なら一発で無力化できる 『アンパンマン誘導』が
効かないだと……!?)
要人の狂乱状態は予想以上に深刻であった。
だが、ここで諦める司令官ではない。
長年の経験から編み出された、最終防衛ライン『奇行・エンタメ演舞』を
発動させる!
私は長女の目の前に立ちはだかり、 大真面目な顔で突如として
奇妙なステップを踏み始めた。
「〜♪ バナナの神様〜降臨の儀式〜♪ ヌキヌキ〜タベタベ〜バナナマンボ〜♪」
自作の謎の歌(音頭)を大声で熱唱しながら、 全身を大きく揺らして
コミカルなダンスを披露!
「……っ!?」
床で暴れていた長女の動きが、ピタリと止まった。
涙で濡れた目を丸くし、 狂気的なダンスを踊り続ける母親(司令官)を
呆然と見つめている。
(……効いているわ! 恐怖と困惑により、脳のバグ(狂乱)がリセットされている!)
ここで攻撃の手を緩めてはならない! ダンスのステップを踏みながら、
皿の上のバナナを手に取る。
「〜♪ 黄金のバナナを〜パクリと召し上がれ〜♪ ……さあ要人、口を開けるのだ!」
「……あーむ」
長女は謎の雰囲気に呑まれたまま、 素直に口を開けてバナナをかじり取った。
もぐ……もぐ……。
「……おいしい」
「……作戦、成功!!」
脳内を侵食していた理不尽な嵐が去り、 リビングに再び平和な時間が戻ってきた。
私は何事もなかったかのようにダンスを止め、 乱れた呼吸を整えて
キッチンの包丁を握り直す。
3歳児の理不尽な精神攻撃に正面から立ち向かってはならない。
時に自らのプライド(羞恥心)を捨て去り、
変幻自在の柔軟さで乗り切ることこそが、司令官の真骨頂なのだ。
美味しそうにバナナを食べる長女の頭を撫でながら、
私は密かに深い勝利の吐息を漏らすのであった――。
(第1章 第9話 終わり)
お読みいただき、ありがとうございます。
3歳児の「バナナの皮を剥かれた」「元に戻して」
といった理不尽なイヤイヤ期との攻防戦を描いてみました。
大人側の理屈が一切通用しない狂乱状態に対し、
あらゆる手を使って意識をそらし、時には謎のダンスや歌で乗り切る必死さ、
共感できる方多いのではないでしょうか。
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