第34話(最終章第9話):反抗期の終焉―『おかあさん大好き』からの脱却と信頼
~静寂という名の異変
日曜0900(マルキュウマルマル)。
作戦室――リビングに、異様な静けさが満ちていた。
「……静かすぎる。全領域で、平穏が過剰発生しているわね」
いつもなら朝から
「お母さん、あれ取って!」
「公園行くぞ!」
と爆音の要求電波を撒き散らすはずの長男・リク
(ザ・デストロイヤー)の姿がない。
彼はすでに自分で身支度を済ませ、
「いってきまーす!」
と同盟国の友達と連れ立って軽やかに外へ出撃していったのだ。
かつてのように私へ密着してくる気配は、もうない。
「葵(司令官)、朝から難しい顔してどうしたんだ?」
背後からコーヒー片手に声をかけてきたのは、夫(副官)だ。
「聞いて、副官。
要人リクの“母への密着度”が急激に低下しているのよ。
トイレ前まで追尾してきて『おかあさん大好き!』
と精神攻撃を仕掛けてきたあの要人が、
今や友達との単独行動を優先しているの」
副官は
「ああ、それか」
と懐かしむように微笑んだ。
「いい傾向じゃないか。
いつまでも親のスカートにしがみついていては
一人前の次世代兵士とは言えない。
あいつも自分の世界を持ち始めたってことさ」
「……頭では理解しているわ。
自立した次世代の育成こそ、我が国の最終目標だもの」
私はコーヒーを置き、窓の外の青空を見上げた。
「でも、いざ要人が私なしでも行動できるようになると……
胸の奥に広がるこの奇妙な感覚は何かしら。
『マタニティ・ロス』ならぬ
『司令官の寂寥感』ってやつ?」
副官ケンタはそっと私の肩に手を置いた。
「司令官。
お前がどれほど前線で戦い抜き、あいつらをここまで育ててきたか、
俺は知ってる。子どもが親の手を離れるのは、
お前が築いた防衛体制が完璧に機能している証拠だ」
その言葉に、私はハッとした。
――そうだ。
私がいつまでも「赤ちゃん扱い」していては真の自立は訪れない。
子どもたちが親の手を離れていくのは、我が国の防衛体制が
「完全自律型」へ進化した証なのだ。
「……ふっ。副官の言う通りね。
感傷に浸っている暇はないわ。次なる防衛戦略を立案しなければ」
司令官としての顔を取り戻したその時、
もう一人の次世代兵士――
プリンセス・メイ(三歳)が
ピンクのリュックを背負ってトコトコと歩いてきた。
「おかあさん、メイちゃんもきょうはおともだちとこうえんであそんでくる!」
「あなたも単独行動を希望するの?」
メイはピシッと敬礼し、
かつての“精神汚染”ではなく誇らしげな笑顔を浮かべた。
「うん!メイちゃんだってもうおねえちゃんだもん!」
「……よろしい。
『公園外周警備および砂場外交』の単独任務を許可する。
ただし危険区域には立ち入らないこと」
「はーい!」
メイは元気よく返事をし、玄関へ駆けていった。
◇
1600
かつてないほど静まり返ったリビング。
私は副官と並んでソファに座り、
夕方の光の中でコーヒーを飲んでいた。
「……静かね」
「ああ、実に静かだ」
「でも、悪くないわね。
地雷の撤去や広域音波(泣き声)の鎮圧に追われていた
のが、今や子どもたち自身の足で外の世界へ立ち向かい、
自ら平和を築いている」
私はカップを置き、前を見据えた。
「我が国の防衛体制は、もはや私一人が監視しなくても
自律して機能する『完全自律型国家』へと進化したのよ」
外では、子どもたちが友達と協力し合い、自分たちの小さな社会を
懸命に生きている。
寂しさはある。
けれどそれ以上に、我が国の未来が確かな強さと優しさで
満ちていることを私たちは肌で感じていた。
最強の同盟国(夫婦)と、逞しく育った次世代兵士たち。
我が国の平穏と誇らしさは、今日も最高潮の輝きを放ち続けている――。
(最終章第9話 終わり)




