第31話(最終章第6話):精神兵器の進化―『3歳児のイヤイヤ期完結編』と継承
~最高峰の精神兵器への対処
午前0600(マルロクマルマル)。
我が国の作戦室にて、私は視線を朝の調理台から
リビングの中央へと向けていた。
「……作戦開始早々、全領域に異常発生。
警戒レベル、最大値に引き上げます」
私の前で、今まさに国家の危機とも言える大暴動が勃発していた。
原因は、長女・プリンセス・メイ(三歳)による理不尽な精神兵器――
『広域音波攻撃』である。
「いやあああああぁぁぁーーっ!
おきがえしたくない!
あおいくつしたがいいのーーーっ!」
朝から始まったのは、3歳児特有の完全無欠な
「イヤイヤ期」の極みだった。
青い靴下を履かせようとすれば「ピンクがいい!」と叫び、
ピンクを差し出せば「あおいのがよかった!」
とひっくり返る。
論理的思考が完全に崩壊したこの理不尽な暴動の前に、
かつての我が国は幾度となく精神崩壊の危機に瀕してきた。
「司令官、援護しようか?」
副官・夫が慌ててコーヒーメーカーから離れ、
なだめ役に回ろうとする。
しかし私は、ピタリと右手を挙げてそれを制した。
「待ちなさい、副官。
私たちが直接介入してはならない。
これは我が国における次世代の『継承テスト』の好機よ」
「継承テスト、だと?」
副官が怪訝な顔をする。
私の視線の先には、先週末のお泊まり外交を無事にクリアし、
一回り精神的に成長したはずの長男――
リク・ザ・デストロイヤーが立っていた。
リク・デストロイヤー(五歳)は、床に寝転がって泣き叫ぶ妹
(プリンセス・メイ、三歳)を冷ややかな、
しかしどこか見覚えのある目つきで見下ろしていた。
そう、その眼光はまさに、我が国の最高司令官である私
(司令官・葵)のそれと完全に一致していた。
「おい、メイ。そんなところで大声を出しても、
誰も靴下を勝手には履かせてくれないぞ」
リクが腕を組み、かつて私が彼に対して使ったのと
同じトーンで話しかける。
「やだ!やだもん!あおいくつしたがいいのー!」
「まったく、これだから幼児は困るんだ。
……よし、我が国からの特別補給提案を聞け」
(※注:成長したリクが 言った言葉)
リクはポケットから――
ではなく、自分のリュックから、
先日のお出かけでゲットした
『星型の特殊おやつ(ラムネ)』を二粒取り出した。
「これを見ろ。これを食べるなら、青い靴下を右足に、
ピンクの靴下を左足に装着するという
『左右非対称のスペシャル・コーデ特権』
を君に授けよう。どうだ?」
……なに?私は片眉を跳ね上げた。
今、あいつは何と言ったか?
「左右非対称のスペシャル・コーデ」――
それは、大人の論理では絶対に思いつかない、
しかし3歳児の理不尽な自尊心を完璧に満たす、極めて高度な
「条件付き外交妥協案」ではないか。
プリンセス・メイの泣き声が、ピタリと止まった。
彼女は涙に濡れた目をパチクリとさせ、兄の手にある星型ラムネと、
左右チグハグな靴下を交互に見つめる。
「……あおいと、ぴんく……どっちもはけるの?」
「そうだ。ただし、この協定を受諾するなら、
今すぐ立ち上がって自分で靴下に足を通さなければならない。
さあ、どうする?」
メイは数秒間熟考した後、
「……すぺしゃる・こーで、にする!」
と力強く頷いた。
そして、さっきまでの大泣きが嘘のように、自分の手でスッと
靴下に両足を突っ込み、見事に左右非対称のコーディネートを
完成させたのだ。
「よくやった、メイ。
我が国の防衛協定は無事に締結された」
リクは満足そうにうなずき、ラムネをメイの手にそっと握らせた。
メイは
「やったぁ!」
と満面の笑みを浮かべ、すっかり機嫌を良くして
リビングを駆け回りはじめる。
――静寂が、作戦室に戻った。
私はコーヒーカップを置き、信じられないものを見るような目で
長男を見つめた。
「……驚いたわね、リク。
君はいつの間に、私の『交渉術』を完全にマスターしたのかしら?」
私の言葉に、リクは誇らしげに胸を張り、ドヤ顔をきめる。
「ふっ、これくらい当然さ!
だってぼくは、我が国の次世代司令官なんだからね!」
(・・ちなみに、その直後に自分の靴をまた左右逆ピッチで
履き違えて、私に
「リク、そこを直しなさい」
と一喝されるのは、また別の話 である)
午前0715(マルナナヒトゴー)。
朝の嵐が嘘のように去った静かなリビングで、
私は夫と並んでコーヒーを飲んでいた。
「いやあ、見事だったな。
まさかあいつが、俺たち大人が手を焼いていた
メイのイヤイヤ期を、あんな鮮やかな交渉術で
一発鎮圧するとは……」
夫副官が感嘆のため息を漏らす。
「ええ。驚いたわね。
私たちの戦いは『親がすべてを管理する時代』から、
『子どもたちが自ら考え、次世代へ技を継承していく時代』
へと完全にシフトしているわ」
私の言葉に、夫副官は深くうなずき、優しく微笑んだ。
「ああ。俺たちの背中を見て育ったガキどもは、
想像以上にたくましく、そして賢く成長しているってことだな」
外では今日も平和な朝の日常が広がっている。
しかし、我が国の防衛体制は、今や親から子へと受け継がれ、
より盤石なものへと進化を遂げていた。
最強の司令官の技を受け継いだ小さな戦士たちは、
今日も元気に我が国の未来を切り拓いていく――!
(最終章第6話 終わり)
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