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第29話(最終章第4話):教育方針をめぐる外交摩擦―『習い事』の選択肢

~未来戦略会議


 作戦室リビングのテーブルの上には三通のパンフレットが

広げられていた。


「スイミングスクール」

「英会話アカデミー」

「ジュニア・プログラミング教室」。


どれも現代社会という名の荒波を生き抜くために不可欠な、

我が国の未来を左右する「能力開発計画」のパンフレットである。


「……ふむ。

我が軍の最高司令官たる私としたことが、

次世代(子どもたち)のキャリアパス選定において

重大な局面に直面しているわ」


私はコーヒーカップの中の冷めきった液体を口に含む。

ワンオペ育児という名の第一防衛線を制圧し、

夫を副官へと昇格させて以来、我が国の脅威は

外敵や日常のタスク処理だけでなく、

「他国(ママ友ネットワーク)からの外交圧力」

および

「子どもの適性見極め」

という高度な戦略問題へとシフトしていた。


「司令官・葵。さっきから険しい顔をしてどうしたんだ?」


背後から声をかけてきたのは我が国の副官・

ケンタ――夫である。

彼は出勤前のスーツ姿で、トーストをかじりながら

私の手元を覗き込んだ。


「見てみなさい、副官。

昨日の公園外交において、

ママ友(隣国の最高司令官)から


『うちの子はもう英語とスイミングを

掛け持ちさせているのよ』


という強力な心理攻撃マウントを受けたのよ。

我が国の次世代リクも、何か強力な装備(習い事)

を早期に配備すべきではないか

という外圧に晒されているの」


私の言葉に、副官は苦笑いを浮かべながら

ソファに腰掛けた。


「また始まったな、ママ友外交のプレッシャー。

だが、他国の戦術に惑わされて

リクのキャパシティを超える物量作戦を

仕掛けるのは危険だぞ。

我が軍の兵站(家計予算)と、

あいつの精神的耐久力メンタル

オーバーヒートを起こす」


さすがは我が国の信頼できる副官だ。

私の懸念を的確に突いてくる。

かつての「言われないと動けない無能な一般兵」

だった面影は完全に消え去り、今や頼もしい参謀

としての洞察力を発揮していた。



「その通りよ。

戦略なき物量投入はただの無駄撃ちに終わる。

まずは我が国のデストロイヤー(長男・リク、五歳)自身の

意志と適性を徹底的にリサーチせねばならないわ」


ちょうどその時、


「おはよーーーっ!」


と元気な怒号を上げながら、

長男・リクがリビングへと突入してきた。

その足元には、相変わらず昨夜の残骸である

地雷散布レゴ・フィールド』が転がっていたが、

私は見事な回避機動でこれをクリアする。


「リク、ちょっと来なさい。

我が国の未来をかけた重要機密事項の審議を行う」


「なになに?ぼく、おやつがもらえるの?」


「甘い。これを見なさい」


私は三枚のパンフレットをリクの眼前に並べた。


「水泳、英語、プログラミング。

どれか一つ、我が国が特別予算を投じて

君に特殊スキルを習得させる。

どれが一番興味深い?」


リクは目をパチクリとさせ、三つのパンフレットを交互に眺めた。

そして、しばらく考え込んだ末に――

指をさしたのは、まさかの「プログラミング教室」

のページだった。


「ぼく、これにする!

パソコンでモンスターをいじくるやつでしょ?

かっこいいもん!」


「……ほう。身体強化ではなく、

情報戦(サイバー戦)への参戦を希望するか」


私は片眉を上げる。


「ちょっと待て、司令官。

あいつ、まだひらがなの書き取りすら怪しい段階で

プログラミング戦線に投入されて大丈夫なのか?」


副官が冷や汗を流しながらツッコミを入れる。

もっともな懸念だ。



「そこが外交摩擦の難しいところよ」


私は腕を組み、冷徹な分析を続ける。


「周囲のママ友たちは

『これからは英語が絶対必須!』

『いやいや体力が先決だからスイミングよ!』

と、それぞれの国益に基づいた情報をぶつけてくる。

しかし、我が国のリクの適性を見るに、

ただ言われた通りに動かすだけでは

『ボイコット(イヤイヤ・ストライキ)』を

発動して戦闘放棄するリスクが高いわ」


「だな。本人のモチベーションがゼロの状態で

強制配備しても、結局は送り迎えという名の

補給部隊(親)の負担が増えるだけだ」


副官・夫が頷き、さらにこう提案した。


「ならばまずは、体験入隊(体験レッスン)という名の

偵察任務を各陣地に派遣してみるのはどうだ?

実際に敵陣……

いや、教室の空気を肌で感じさせてから

決定しても遅くはないはずだ」


ほう。副官から実に建設的な戦術的提案がなされた。

私は夫の成長ぶりに感心しつつ、

冷徹な表情の中にも微かな温かみを混ぜて微笑んだ。


「素晴らしいわ、副官。

あなたのその『悪魔の提案』ならぬ

『天使の助言』、採用させてもらいましょう」


そのやり取りの傍らで、

下の子であるプリンセス・メイ(長女・三歳)

が、ちゃっかりと『精神汚染あざと・スマイル』を

私に向けながら、


「メイちゃんも、おえかききょうしきたいけんしたい!」


とおねだりビームを発射していた。

我が家の外交戦線は、すでに下の子にも飛び火しているらしい。



「まずは本人の適性偵察(体験レッスン)を最優先する」

 そう正式に決定したのは、その日の夕食後だった。

周囲のママ友外交によるプレッシャーを華麗にかわし、

中立かつ合理的な防衛方針だ。


 リビングのソファに腰掛け、

夜の静けさの中でミルクティーを飲む。


「……いろいろと悩ましいけれど、

こうして子どもの将来の選択肢を夫婦で議論できる

ようになったこと自体が、我が国の大きな進化ね」


私の言葉に、副官・夫は優しくうなずき、

私のカップにそっとミルクティーを注ぎ足した。


「ああ。司令部入隊前の俺はただの足手まといだったからな。

これからも我が国の教育方針、しっかりと二人三脚で

防衛していこうぜ、司令官」


 外の世界では様々な外交摩擦やママ友マウントが飛び交っているが、

我が国という盤石の国家体制(夫婦で築いた共同統治国家)においては、

今日も完璧で平和な戦略会議が幕を閉じるのだった。


 我が国の未来は、自分たちの手でしっかりと切り拓いていく――!



(最終章第4話 終わり)

お読みいただきありがとうございます

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