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第27話(最終章第2話):国家的一大事業―『運動会のお弁当』超大型プロジェクト

【0400(マルヨンマルマル)の非常呼出アラーム


午前0400(マルヨンマルマル)

 一般社会が深い睡眠という名の安全保障包囲網に

包まれている頃、我が国の作戦室キッチンの明かりだけが、

不気味に、そして神々しく灯っていた。


 私はエプロンを軍服の如くビシッと締め上げ、

ステンレス製の調理台の前に直立不動で立っている。


「……本日、我が国最大の国家的一大事業が発令される」


静まり返ったリビングに、私の冷徹な声が響く。

今日は秋季大祭――

すなわち「運動会」である。

全園児、そして祖父母や地域住民という名の

観客が詰めかける一大戦場において、

最も重要かつ戦略的価値を持つ

インフラストラクチャー(陰から支えてる基盤)は、

それは『超大型弁当作成ミッション』にほかならない。

(※注釈:運動会を支えているのは「お弁当」だということ)


「司令官、おはようございます。

作戦支援の準備、完了しました」


背後から声を発したのは、我が国の『副官ケンタ』――

夫である。

以前の彼であれば、この午前0400という

過酷な招集に


「え、そんな早くから起きるの……?」


と司令部・副官としての拒否権を発動していたことだろう

しかし、数々の修羅場をくぐり抜け、

夫婦同盟を締結した今の副官は違う。

(※:夫の肩書、第1章副官→第2章参謀→第3章副官)


彼はすでに戦闘モードの目をしていた。

エプロンの紐を結び、巨大な揚げ物用鍋と

格闘する気マンマンの構えを見せている。


「よくぞ定刻通りに起きたわね、副官。

今回の補給物資(お弁当)の成否は、

我が国の威信をかけたものよ。

一歩のミスも許されない」


「了解です、コマンダー。で、本日の敵……

いや、メニューの全容はいかに?」


私は手元の作戦計画書レシピメモ

冷徹な視線で見据え、指を一本ずつ折りながら告げた。



【作戦第一フェーズ:エビフライの制空権確保】


「第一目標、主食および揚げ物エリアの制圧。

特に『エビフライ』の揚がり具合には最大の警戒を払うわ」


エビフライは、運動会弁当という名の

国家予算において最も配当の高いキラーコンテンツだ。

衣が厚すぎてはただの偽装工作(水増し)になり、

逆に油の温度管理を誤れば、衣が剥がれて

「裸のエビ」という外交的敗北を喫することになる。


「参謀」、油の温度を摂面一七〇度に固定しなさい。

衣の付着率をコンマ数ミリ単位で均一に保つこと」


「任せてください。

『副官ケンタ』の火力統制、舐めてもらっては困る!」


副官がトングをまるで儀仗兵のサーベルのよう

手際よく扱い、次々とエビフライを

黄金色の油海へと投入していく。

 ジューッという心地よい戦闘音がキッチンに満ちた。

油跳ねという名の微小な敵弾が飛んでくるが、

私は『動体視力』のスキルを全開にして

これを完璧に回避する。


 隣のコンロでは、私が

千手観音マルチタスク・マトリクス

の神技を発動しつつ、片手で卵焼き器を滑らせ、

もう片方の手でブロッコリーの塩茹で加減を

ミリ単位で監視していた。


「よし、エビの制空権、完全に我が軍が掌握しました!」


「上等よ。衣のサクサク感、色合いともにパーフェクトだわ」



【作戦第二フェーズ:彩りと痛まないための防衛網】


「続いて第二フェーズ。見た目の彩り、および

『痛まないための保冷対策』の構築に入る」


 秋空の下とはいえ、日中のグラウンドは熱気に包まれる。

衛生管理を怠れば、せっかくの補給物資が

食中毒という名のバイオテロ兵器に変貌しかねない。

 ここには細心の注意が必要だ。


「赤の補給物資はミニトマト、

黄色の防衛線には卵焼き、

そして緑の迷彩としてレタスとインゲンを配置。

色彩のバランスが崩れると、

要人(子どもたち)の食欲インデックスが低下するわ」


「保冷剤の配置も完璧です。

お弁当箱の底面および上空に、

計四基の強力ジェルパックを配備しました。

外敵(外気温)の侵入を完全にシャットアウトします」


副官は手際よく詰め将棋の如く、

重箱のなかに美しく料理を敷き詰めていく。

かつては


「とりあえず隙間に冷凍食品を突っ込んでおけばいいだろ」


などという大雑把な爆撃を行っていた男が、

今や私の思考回路を完全にトレースし、

一級の兵站参謀へと成長を遂げていた。

 私は心の中で、副官の

『家事スキル』ステータスが「B+」から「A」へと

肉薄しているのを感じ取っていた。



【作戦第三フェーズ:不確定要素(要人)の覚醒】


 しかし、我が国の平穏は長く続かない。

二階の寝室から、突如として不穏な警戒音が鳴り響いた。


「うおーーーっ!

きょうはうんどうかいだーーーっ!!」


 轟音とともに階段を駆け下りてきたのは、


長男・陸 (リク・ザ・ディストロイヤー)、五歳。


彼はすでに戦闘服(体操着)を着用し、

頭には「赤組必勝」と書かれたハチマキを

(なぜか斜めに)巻きつけている。


 その後ろから起きてやってきたのは、


長女・芽衣 (プリンセス・メイ)、三歳。


愛くるしい『精神汚染あざと・スマイル

を浮かべながら


「おねえちゃん、おはよー!」


と意味不明な挨拶をかましつつ登場した。


「まて、リク。

ハチマキの装着角度が北西にズレているわ。

そのままでは敵の視界に隙を突かれる」


「えっ、ほんと?ママ、なおして!」


「動くな。

……よし、これで我が軍の士気は最高潮だ」


 私は一瞬でリクのハチマキを修正しつつ、

朝食のトーストを焼き上げる。

子どもたちのエネルギー補給も

同時並行で行わねばならない。

これがマルチタスク国家の宿命だ。



【完璧なる補給物資の完成と出陣】


午前0655(マルロクゴーゴー)

 調理台の上には、完璧な幾何学模様を描き、

黄金色に輝くエビフライと

美しい彩りの料理が詰め込まれた

『超大型お弁当箱』が鎮座していた。


「……これより、運動会会場への輸送作戦を開始する」


私は深く息を吸い込み、

巨大な保冷バッグにその至宝を慎重に収めた。

副官ケンタがリュックを両肩に担ぎ、

気合の入った表情で頷く。


「よし、家族総出でグラウンドの制圧に向かうぞ!」


「おーっ!!」


リク・ザ・ディストロイヤーが拳を突き上げ、

プリンセス・メイが


「いざゆかん!」


と謎の行進曲を口ずさみながら玄関へと飛び出す。


 我が国の威信をかけた大運動会という名の戦野へ、

私たちは堂々と進軍を開始したのだった。



(最終章第2話 終わり)

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