第26話(最終章第1話):反乱分子の台頭―『5歳児の反抗期』という内戦
【我が家に現れた『小さな反乱分子』】
午前0700(マルナナマルマル)
我が国の作戦室にて、
私は静かに冷徹なコーヒーを啜っていた。
『無音起動』により、
ベッドの軋み音すら立てずにベッドルームから離脱した私の前には、
完璧な静寂――ではなく、新たな脅威の気配が満ちていた。
「……動き出したか、我が国の反乱分子が」
リビングのドアを乱暴に押し開けて現れたのは、
長男・陸 (リク・ザ・ディストロイヤー)、五歳。
彼は今朝、目覚めの挨拶の代わりに、
我が国に対する「独立宣言」を高らかにブチ上げた。
「きょうから!ぜんぶぼくひとりでやるの!
ママは、てだしはきんし!」
ほう。
私は目を細め、背後に控える夫――副官(夫・ケンタ)
(注:夫の肩書、前章までの「参謀」から「副官」に戻った)
へと視線を送る。
副官は冷や汗を拭いながら、
「いや、朝からすごい気合だな……」
と苦笑いを漏らした。
だが、生易しいものではない。
これは5歳児特有の、コントロール不能な
『自主独立の反抗期』
という名の内戦の始まりなのだ。
「よーし、きがえるぞー!」
意気揚々とタンスに向かったリク・ザ・ディストロイヤーだったが、
そこは残酷な現実が待ち受ける戦場だった。
上下逆さまのパジャマを脱ぎ捨てるまでに五分。
新しい服を取り出すまでに三分。
そして肝心のズボンに足を通そうとして――
見事に右足と左足を同じ穴につっこみ、
盛大にバランスを崩して床に倒れ込んだ。
「……ぐすっ。ひとりでやるって……いったもん……!」
悔し涙を浮かべながらも、
プライドが私への助け舟を頑なに拒絶する。
ここで手を出し、
「ねぇ、手伝ってあげるわよ」
などと言おうものなら、
リクが
「ぼくのじりつしんをきずつけるな!」
という猛烈なボイコット(イヤイヤ・ストライキ)
が発動することは火を見るより明らかだ。
時計の針は容赦なく午前0715(マルナナヒトゴー)だ。
幼稚園の送迎バスの出発時刻まで、残された時間はあとわずか。
手出しを一切せず、
しかし絶対にタイムリミットに間に合わせるための―
極限の『見守り作戦(心理誘導)』が幕を開けた。
「うわああああ!
くつしたのつま先がへんなところにいったー!」
第二の激戦区、靴下着用ミッション。
案の定、かかとが足の甲にきている。
ディストロイヤーの顔面は真っ赤だ。
私はコーヒーカップを置き、静かに立ち上がった。
直接手を貸すことはできない。
だが、司令官としての「戦術支援」は別だ。
「リク。敵(靴下)の弱点を見極めなさい。
かかとという名の要塞は、つま先から攻めるのではなく、
まず足首の陣地を固めるのよ」
「あしこび……?こう?」
私の冷徹かつ的確なアドバイスを受け、
リクの目が輝く。
「うおーっ!」
と気合を入れ直し、
見事に靴下を正しい位置へとねじ込んだ。
すかさず副官(夫・ケンタ)が絶妙なタイミングで褒めちぎる。
「よくやったリク!
今の機動展開、見事なものだったぞ!」
「えへへ、ぼく、ひとりでできた!」
(ちなみに、足元には昨夜撒き散らされた
『地雷散布』
の残骸が転がっていたが、私の圧倒的な動体視力と
回避機動により完全無傷で突破している)
午前0745(マルナナヨンゴー)
ドタバタの末に玄関に並んだリクの靴――
案の定、見事に左右が逆になっていた。
「……待て、リク。
最後の罠を見落としているわ」
「えっ?」
「足元を見なさい。
そちらの右足は、我が国の北西ではなく東を向いているわよ」
リクは自分の靴を見下ろし、
「あ、ほんとだ」
と照れくさそうに履き替える。
その傍らで、下の子である芽衣 (プリンセス・メイ)が、
愛くるしい『精神汚染』を副官に向けながら
「パパ、おみず!」
と要求を突きつけていた。
我が家は相変わらずカオスである。
そしてリクは、ピカピカの黄色のカバンをぶら下げ、
元気に玄関のドアを開けた。
「いってきまーす!」
バタン、と扉が閉まる。
静まり返ったリビングに、私と夫の大きな息を吐く音が響いた。
「……ふう。今日の戦闘も、なかなかの消耗戦だったな」
夫がソファに崩れ落ちるように座る。
私は冷めたコーヒーを飲み干し、不敵に微笑んだ。
「なにを言っているの、副官。
まだ『序幕』にすぎないわよ」
我が国の未来を担う反乱分子たちは、
今日も元気に成長している。
私たちの『戦争』は、まだまだ終わらない――
(最終章第1話 終わり)
お読みいただきありがとうございます
今話から「最終章:次世代育成・未来への継承編」
となります。
第1章のワンオペ孤軍奮闘、
第2章の夫婦同盟を経て、
我が国の脅威はついに「外敵」から
「身内の反乱分子(子どもたちの成長)」へとシフトします。
第1話となる今回は、5歳になった長男・陸
(リク・ザ・ディストロイヤー)
による「ぜんぶぼくひとりでやる!」宣言、
への対応(裏からのサポート)物語です
尚、小説内の設定として、
前章まで葵がリクを幼稚園まで送迎していましたが
「じりつしん」に目覚めたリクは
今回から一人で送迎バスで通園しています
共感いただけたら、応援くださると嬉しく思います




