第11話:名もなき暗部(シャドウ・ワーク)――誰にも気づかれない功績
作戦開始時刻、火曜日2300(フタサンマルマル)。
要人(子どもたち)と副官(夫)が眠りにつき、
暗闇と静寂が支配する深夜のリビング。
一見すると、本日の家事ミッション(料理・洗濯・掃除)は すべて完了し、
作戦終了したかのように見える。
しかし、熟練の司令官(主婦)の戦いは、ここからが本番であった。
「……これより、我が国のインフラを維持する
『名もなき暗部処理作戦』を開始する」
世間の人々は「家事」といえば、料理や掃除機かけ、 洗濯物を干すといった
『表舞台の作戦』ばかりを連想する。
だが、この国家(家庭)の平和を裏で支えているのは、 誰にも気づかれず、
感謝もされない 無数の『暗部処理(名もなき家事)』なのだ!
私は忍び足で洗面所へと潜入した。
第一ターゲット――『シャンプー・ソープ類の補給作業』!
残量がミリ単位になったボディソープのボトル。
このまま放置すれば、明日の夜、副官が「あ、ボディソープないじゃん」と
間抜けな声を上げるのは火を見るより明らかだ。
詰め替えパックの封をハサミで切り、 こぼさないよう細心の注意を払って
ボトルへ注ぎ込む。
(……フッ、誰も気づかないでしょうね。
『いつも通りそこに石鹸がある』という奇跡が、 司令官の密かな補給線維持によって
成り立っていることに……!)
第二ターゲット――『脱衣所に散乱した衣類の裏返し解除』!
脱ぎ捨てられた副官と長男の靴下。
見ごとにすべて『裏返し』の状態で丸まっている。
「……裏返ったまま洗濯機に投入すれば、 乾燥後にたたむ段階で
二度手間が発生する……!」
一本ずつ手を入れて、表側にひっくり返していく地味な作業。
手首のスナップを利かせ、神速の手さばきで「裏返し」を解除!
第三ターゲット――『消耗品の弾薬充填』!
トイレへ移動し、使い切られて芯だけになった トイレットペーパーの
ホルダーを確認。
「……なぜ彼らは、最後の1センチを使い切った後、 新しいロールをセットせずに
芯だけを放置するのか……?」
人類永遠の謎に想いを馳せつつ、 新しいロールをカチャリとセット。
使い終わった紙芯を潰して回収箱へ格納する。
さらにキッチンへ移動し、 氷を作るための『給水タンクへの加水』、
排水口のゴミ受けネットの交換、 テーブルの上の謎のベタつき
(要人がこぼしたジュースの跡)の拭き取り、 さらにはポストから回収した
『DMチラシの要・不要選別作業』――!
…この間、無音で動き回り、 次々と『暗部(名もなき家事)』を処理していく。
これらは一つひとつは数秒で終わる些細な作業だ。
評価されることもなければ、給料が出るわけでもない。
だが、この暗部処理を怠ればどうなるか。
トイレットペーパーは切れ、ゴミ箱は溢れ、 排水口からは悪臭が漂い、
我が国のインフラは数日で崩壊(機能不全)するのだ!
作戦終了時刻、2345(フタサンヨンゴー)。
すべての暗部処理を終え、私は静かにリビングのソファへ深々と腰掛けた。
明日になれば、家族は何事もなかったかのように 快適な朝を迎え、
普通にシャンプーを使い、普通にトイレに入るだろう。
「……それでいいわ。我が国の平和とは、 『何も起きないこと』そのものなのだから」
闇に紛れ、誰にも知られずに国を守る影の功績。
冷めた麦茶を一口すする司令官の顔には、
誇り高き職人のような微笑みが浮かんでいたのだった――。
(第1章 第11話 終わり)
お読みいただき、ありがとうございます。
シャンプーの詰め替え、裏返った靴下を直す作業、
トイレットペーパーの補充、
ゴミ受けネットの交換-など。
世間では「名もなき家事」と呼ばれる地味で誰にも気づかれない作業との戦い
を今回は描いてみました。
家族が当たり前に生活できている裏には、誰かが名もなき家事を黙々と
処理しているという事実は、家事を担うすべての方にとって
深く共感していただけるポイントではないかと思います
(・・これは世の中全般にいえることかもしれない。
当たり前のことの裏には、名もなき誰かが処理してくれているからこそ、
当たり前として感じられている)
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