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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
終 章 新たなる影

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悪魔の匂いと、次なる使命への予感㈡

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 エバは冷酷に微笑むと、空中に浮いた悪魔の思念体の中心核(コア)を、見えない手でグシャリと握り潰した。


『――ッ!!!』


 声にならない断末魔とともに、悪魔の思念体は完全に浄化され、光の粒子となってキャンパスの夕風の中に霧散した。

 周囲に漂っていたあの吐き気を催す腐臭も、幻だったかのように完全に消え去っている。

 時間にして、わずか数秒の出来事。

 平和なキャンパスの日常の裏で、誰も気づかないうちに完遂された、『悪魔狩人』としての鮮烈な初陣であった。


「……はっ!」


 悪魔という憑き物が落ちた女子学生が、弾かれたように顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。

 彼女の瞳に宿っていたどす黒い光は消え失せ、代わりに、就職活動の失敗に対する純粋な悔しさと、涙が浮かんでいた。


「あ、あれ……私、何を……。どうして、あの子を憎いなんて……」


 女子学生は、手の中の不採用通知を見て、ポロポロと涙をこぼした。

 嫉妬や絶望は、人間として生きていれば当然抱く感情だ。しかし、悪魔の扇動がなくなった今、彼女の魂は本来の輝きを取り戻し、その悲しみを自らの力で乗り越えようとする「人間の強さ」の領域へと回帰していた。


「大丈夫ですか?」


 エバは、冷徹な執行官の顔から、可憐で心優しい令嬢の顔へと一瞬で切り替わり、ハンカチを取り出して女子学生にそっと差し出した。


「顔色が悪かったので、お声がけしてしまいました。……おつらいことがあったのですね。でも、涙を流せば、きっとまた前を向けますわ」


「……ありがとう、ございます……。私、もう少しだけ、頑張ってみます……」


 女子学生はハンカチを受け取り、エバに深々と頭を下げて、夕日に染まるキャンパスを歩き出した。その背中にもう、黒い影は微塵も残っていなかった。


「……ええ。頑張ってくださいね」


 エバはその背中を優しく見送りながら、自らの胸の奥で、強い使命感が確かな熱を持って燃え上がるのを感じていた。


(人間の心は脆くて、簡単に闇に染まってしまう。……でも、だからこそ、彼らが自らの足で立ち上がり、光に向かって歩こうとする姿は、こんなにも美しくて尊いのだわ)


 彼らのその歩みを、不当な悪意で踏みにじる存在を、エバは決して許さない。


 プルルルルッ。


 再び、コートのポケットの中でスマートフォンが震えた。


『新子、まだかー? ココア冷めちゃうぞ! 俺が飲んじゃうぞ!』


 真喜からの、催促のメッセージ。

 そして、先ほどまで一緒にいた油江からも、タイミングを見計らったようにメッセージが届く。


『マカロンの続きは、また週末のフィールドワークで。迎えに行くから、逃げないように』


 対極にある二人の男性からの、愛おしくも騒がしいメッセージ。

 エバはスマートフォンの画面を見つめ、ふふっ、と声に出して笑った。


(ええ、今行きますわ、真喜さん。……そして教授、私から逃げるつもりなんて、毛頭ありませんことよ)


 この甘く焦れったい日常を守るためなら、地獄の底の悪魔の群れだろうと、全員丸裸にして叩き潰してみせる。

 エバは振り返り、冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 次なる使命への予感と、まだ見ぬ強敵たちの気配。

 しかし、彼女の口元には、かつてないほど華麗で、自信に満ちた微笑みが浮かんでいた。


 黄金色のイチョウ並木を抜け、朱鳥女子大学の豪奢な正門が見えてきた。

 エバが少しだけ小走りで向かうと、そこには約束通り、厚手のダッフルコートを着込んだ真喜が立っていた。彼は寒そうに足踏みをしながら、両手に持った紙コップから立ち上る白い湯気に顔を埋めている。


「真喜さん! お待たせいたしましたわ!」


 エバが声をかけると、真喜はパッと顔を上げ、文字通り尻尾を振るような満面の笑みで駆け寄ってきた。


「新子! 遅いぞ、このままじゃココアじゃなくてアイスチョコになっちまうところだった!」


「ごめんなさい。……少しだけ、構ってあげなければならない『迷子』がいましたの」


「迷子? 新子らしいな。まあいいや、ほら、熱いうちに飲んで温まれよ」


 真喜から手渡された紙コップ。

 その表面からは、彼の手の温もりがじんわりと伝わってきた。エバは一口啜り、濃厚で甘いカカオの香りに、先ほどまでの血生臭い闘争の余韻がゆっくりと溶けていくのを感じた。


「……美味しいですわ。真喜さんのココアは、いつも世界一ですね」


「へへっ、だろ? 俺が新子のために、一番美味しい温度になるようにずっと手で包んでたんだからな!」


 真喜は得意げに笑い、エバの頭を大きな手でポンポンと撫でた。

 無骨で、計算高くない、ただひたすらに真っ直ぐな愛情。エバはその大きな手の感触に目を細め、彼と並んで歩き出した。


(この温もりを守るためなら……私は、何度でも地獄の刃を振るいましょう)


 エバはココアの温かさを両手で包み込みながら、心の中で固く誓った。


 同じ頃。

 エバがキャンパスを去った後も、旧館の最上階にある犯罪心理学研究室には明かりが灯っていた。

 油江颯は、窓辺に立ち、夕闇に沈みゆくイチョウ並木を静かに見下ろしていた。彼の手には、先ほどまでエバが飲んでいたティーカップが握られている。


「……空間の歪み。そして、微細な電磁波の異常値、か」


 油江はデスクの上に置かれた特殊な計測機器のモニターを一瞥した。

 そこには、ほんの数分前、キャンパスの一部で発生した「あり得ないエネルギーの消失現象」が記録されていた。それは、エバが悪魔の思念体を握り潰した瞬間に発生した、次元の波紋だった。


「エバ。……君はあの可憐な令嬢の皮を被って、この世界の裏側で一体『何と』戦っているんだ?」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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