悪魔の匂いと、次なる使命への予感㈢
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
油江の眼鏡の奥で、知的な瞳が鋭く光る。
オカルトなど信じない。だが、目の前にある物理的な異常値と、彼女が時折見せる、人間を超越した冷徹な「執行官」としての顔。それらを論理的に結びつけた時、油江の天才的な頭脳は、世界の裏側で蠢く不可視の黒幕の存在へと、確実に近づきつつあった。
「君が私から逃げられると思わないことだ。……君の抱える秘密も、君の背負う闇も、すべて私が解剖し、私の支配下に置いてみせる」
油江は冷たく微笑むと、手元の黒いファイル――菱倉家連続殺傷事件の真の黒幕に関するプロファイリング――を再び開き、自らも未知の領域への扉をこじ開けるための研究へと没頭していった。
そして、彼らの生きる平和な光の世界から遠く離れた、次元の狭間。
横浜の夜景を逆さまに映し出すような、歪んだ暗黒の空間で、幾つかの「禍々(まがまが)しい影」が蠢いていた。
『……末端の同胞が一つ、現世で消失した』
這いずるような、ノイズ混じりの不気味な声が闇に響く。
『消滅だと? 天界の連中が動いたのか?』
『違う。我々のエネルギーを根こそぎ「剥ぎ取る」ような、異質な力の波動だった。……あれは、冥界の匂いだ』
影たちが、一斉にざわめいた。
人間の魂を餌とする彼らにとって、死者の魂を管理する冥界のシステムは、本来干渉し合わない別次元の存在であるはずだった。
『菱倉の家系に仕掛けた極上のパズルを台無しにされただけでなく、我々の食事処にまで出張ってくるとは……』
影たちの中でも一際巨大で、漆黒の炎を纏った『上位悪魔』が、裂けた口を醜く歪ませた。
『冥界の番犬が、首輪を外して現世に居座っているというわけか。……面白い。人間という脆い器に入った番犬など、我々が絶望の底に突き落とし、その魂ごと喰らってやればいい』
上位悪魔の無数の赤い瞳が、現世の方向――エバのいる横浜の街へと向けられた。
『あの小娘が愛している人間どもから、一人ずつ壊してやろう。絶望と悲痛に歪む魂こそが、我々にとっての極上のスパイスだ。……さあ、宴の準備を始めろ。現世の理を破る不届き者に、本当の地獄というものを教えてやるのだ』
次元の狭間で、悪魔たちの嘲笑が不気味に木霊する。
彼らはエバを標的に定め、平和な日常の裏側に、かつてない規模の破滅の罠を仕掛けようとしていた。
「新子? どうかしたか?」
家路を急ぐ大通りで、真喜が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「いいえ、なんでもありませんわ」
エバは真喜に微笑み返しながら、夜空を見上げた。
空気が、微かに震えている。
遠く離れた次元の狭間から、自分と自分の大切な人たちを狙う、無数の悪意の視線。元・奪衣婆としての彼女の魂は、すでに次なる強大な脅威の到来を正確に感知していた。
香々美や犬飼、そして勉。彼らの強欲や嫉妬は、悪魔たちからすれば、ほんの序章の駒に過ぎなかったのだ。
これから始まるのは、人間の弱さに寄生する見えざる悪意との、血で血を洗う全面戦争。
(……来るなら、来なさい)
エバの瞳の奥に、絶対零度の青い炎が静かに灯る。
(真喜さんの不器用な優しさも、油江教授の知的な企みも、夕子の明るい笑顔も……私が愛したこの世界のすべては、指一本、触れさせませんわ)
閻魔大王との契約により、冥界のシステムから外れ、人間界に生きることを選んだ異端の執行官。
日常の光の中では、恋と友情に揺れる可憐な令嬢。
しかし、闇が蠢く刻、彼女は人間の魂を喰らう悪魔たちを容赦なく丸裸にし、地獄の底へと送り返す冷徹なデーモンマタギへと変貌する。
冬の夜風が、エバの長い髪をふわりと揺らす。
彼女は、真喜と並んで歩きながら、夜空の奥に潜む悪魔たちへ向けて、美しく、そしてどこまでも華麗で残酷な微笑みを向けた。
(さあ、覚悟をなさい。あなたたちの醜い悪意の皮、私が一枚残らず『剥ぎ取って』差し上げますわ)
こうして、菱倉家を巡る哀しき殺意のパズルは幕を閉じた。
しかし、それは彼女の本当の闘いの始まりに過ぎない。
愛と使命の狭間で揺れる元・奪衣婆の、現世と冥界を股にかけた次なる血戦の幕が、今、静かに切って落とされたのである。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




