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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第五章 三途の川か、それとも

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死神の来訪と告げられた帰還命令㈢

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 親友の直感というものは、時に死神の宣告よりも鋭く心を(えぐ)る。

 エバは泣きそうになるのを必死に堪え、夕子の手をぎゅっと握った。


「……大丈夫よ、夕子。あなたはもう、一人でもしっかり歩いていけるくらい、素敵な女の子になったもの。……夕子が幸せになること、私、ずっとずっと祈っているからね」


「もー、大げさだなぁ! 明日もまた会うのに!」


 笑い合う夕子の姿を、エバは自らの魂に深く焼き付けた。

 そして、タイムリミット当日の夕暮れ。

 エバが最後に呼び出したのは、真喜だった。

 海風が冷たい、横浜の山下公園。夕日が港の海面をオレンジ色に染め上げる中、真喜はエバの姿を見つけると、いつものように息を切らせて駆け寄ってきた。


「新子! 急に呼び出してどうしたんだ? 何かあったのか!?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる真喜。彼の手には、途中で買ってきたであろう、エバの好きな温かいクレープが二つ握られていた。


「……真喜さん」


 エバはそのクレープを受け取ると、こみ上げてくる感情を抑えきれず、ふわりと微笑んだ。


「少しだけ、私と一緒に歩いてくださる?」


 二人は並んで、海沿いの遊歩道を歩いた。

 冷たい風が吹く中、真喜は自分が風上になるようにさりげなく立ち位置を変え、エバを守るように歩調を合わせている。

 その無骨で、純度百パーセントの優しさが、今のエバにはたまらなく痛かった。


「……真喜さん。私、あなたには本当にたくさんのものをもらいました」


 エバは海を見つめたまま、静かに語り始めた。


「私が絶望の底にいた時、あなたは自分の命を懸けて助けに来てくれた。私が悲しい時、あなたは私以上に怒って、そして笑わせてくれた。……あなたのその温かさが、私の冷え切った心を、どれほど救ってくれたか」


「なんだよ、急に改まって……。俺は、新子が大事だから、当たり前のことをしただけだ」


 真喜は照れくさそうに頭を掻いたが、その表情はすぐに強張った。

 エバの言葉の端々に、決定的な「別れ」の気配を感じ取ったからだ。野生の勘とも言える彼の直感が、けたたましい警鐘を鳴らしていた。


「新子……お前、どこかに行くのか?」


 真喜が立ち止まり、エバの肩を両手で掴んだ。その力は、震えていた。


「嫌だぞ。お前がどこか遠くへ行くなんて。……俺は、お前がどんな過去を背負っていようと、どんな秘密を持っていようと構わない! 俺の隣にいてくれれば、それだけでいいんだ!」


 必死に訴えかける真喜の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「ごめんなさい、真喜さん……。ごめんなさい……っ」


 エバの目からも、ついに涙が溢れ出した。

 冥界の執行官である『奪衣婆』は、決して涙など流さない。人間を裁定する側のエリートであるはずの彼女が、今、一人の青年との別れを惜しみ、人間のように声を上げて泣いていた。


「泣かないでくれ、新子……俺が間違ってたなら謝るから……!」


 真喜はエバを強く、強く抱きしめた。その胸の鼓動は早鐘を打ち、彼の温かい体温がエバの全身を包み込む。


(ああ、これが人間なのね。こんなにも苦しくて、こんなにも温かい……!)


 エバは真喜の背中に腕を回し、その温もりを永遠に記憶に留めようと、彼にしがみついた。

 日没まで、あと数分。

 真喜に「少しだけ一人にさせてほしい」と嘘をつき、彼を無理やり帰したエバは、人気のない埠頭の先端に立っていた。

 太陽が水平線に沈みかけ、空が赤から深い紫へと劇的に色を変えていく。それは、現世と冥界の境界線が最も曖昧になる、逢魔が時。


 ――ザザッ……。


 背後で、空間が微かに歪む音がした。

 振り返ると、そこに漆黒のスーツを着た『死神の第四号』が、無機質な表情で立っていた。


「……時間です、元・奪衣婆殿」


 死神の冷たい声が、海風に乗って響く。


「現世への未練は断ち切れましたか? それでは、菱倉新子の肉体から魂を分離し、冥界への強制送還プログラムを実行します」


「……ええ。わかっていますわ」


 エバは静かに目を閉じ、抵抗を諦めて両手を胸の前で組んだ。

 美味しい食べ物。温かいお風呂。親友の笑顔。油江の危険な囁き。そして、真喜の力強い抱擁。

 すべてが、泡沫(うたかた)の夢のように消えていく。

 死神がタブレットを操作し、エバの足元に禍々しい紫色の魔方陣が展開された。

 肉体から魂が引き剥がされる、強烈な浮遊感。エバの視界が白くフェードアウトしそうになった、その瞬間だった。


「――待ちなさい!!」


 埠頭の入り口から、息を切らせて駆け込んでくる二つの人影があった。

 エバの異変を直感で察知し、走って戻ってきた真喜。

 そして、エバのスマートフォンのGPSをハッキングし、非常識な速度で車を飛ばしてきた油江颯。


「新子ォォォッ!!」


「エバ! 勝手にいなくなるなと言ったはずだ!」


 対極の愛を持つ二人の「救世主」が、人間の目には見えない死神の魔方陣めがけて、一切の躊躇なく飛び込んでくる。


「真喜さん! 教授! 来ないで、あなたたちまで巻き込まれてしまうわ!」


 エバが悲鳴を上げたその時。

 冥界のシステムが完全に作動し、世界は圧倒的な光と闇の奔流に飲み込まれた。

 三途の川のほとりへ強制的に引き戻されるエバの魂。

 しかし、その運命の奔流の先で、彼女を待ち受けていたのは、冷たい死神のシステムではなく、冥界の絶対的な支配者による「想定外の提案」であった。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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