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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第五章 三途の川か、それとも

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死神の来訪と告げられた帰還命令㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 約束の週末。

 横浜・元町の裏路地にひっそりと佇む、看板のない会員制のアンティーク・ティーサロン。それが、油江颯がエバのために用意した「大人のフィールドワーク」の舞台だった。

 マホガニーの重厚な扉を開けると、そこには十九世紀のロンドンにタイムスリップしたかのような、薄暗くも豪奢な空間が広がっていた。ベルベットのソファー、壁一面の古書、そして蓄音機から流れる静かなクラシック音楽。

 貸し切られた特等席で、三つ揃えのスーツを完璧に着こなした油江が、アンティークのティーカップを傾けていた。


「よく来たね、エバ。……今日の装いも、実に見事だ。君のその冷たい美しさを、人間界の布地がよく引き立てている」


 油江は、上品なボルドーのワンピースに身を包んだエバを、まるで極上の美術品を鑑定するかのようなねっとりとした視線で上から下まで舐めるように見つめた。


「お招きいただき、ありがとうございます、教授。……でも、そんな風に見つめられると、まるで獲物になったような気分ですわ」


 エバは優雅にソファーに腰を下ろし、彼の視線を(あで)やかに受け流した。


「獲物、か。あながち間違ってはいないよ」


 油江はふっと口角を上げると、テーブル越しに身を乗り出し、エバの前に置かれたティーカップに、黄金色に輝くダージリンのファーストフラッシュを注いだ。


「君という存在は、私の犯罪心理学者としての好奇心を、底なしに刺激し続けている。……冥界からやってきた冷徹な執行官が、こうして人間界の紅茶の香りに頬を(ゆる)ませ、恋に悩み、感情という名の『バグ』に振り回されている。これほど愛おしく、解剖しがいのある現象が他にあるだろうか?」


 ストレートすぎる大人の口説き文句に、エバの心臓がドクン、と大きく跳ねた。

 真喜の不器用で真っ直ぐな愛情表現とは全く違う、逃げ場を(ふさ)ぐような知的な包囲網。


「……からかわないでくださいませ。私はただ、この肉体の機能に従って、美味しいものを美味しいと感じているだけですわ」


 エバは誤魔化すようにカップに口をつけた。茶葉の芳醇な香りと、三段重ねのティースタンドに盛られた美しいケーキやマカロンの甘さが、彼女の味覚をこれでもかと刺激する。

 冥界では味わうことのなかった、この甘美な充足感。


「美味しいかい?」


「ええ、とても」


「そうか。……なら、もっと君の『人間らしい反応』を見せてもらおうか」


 不意に、油江が立ち上がり、エバの隣へと席を移してきた。

 至近距離に大人の男の体温と、ほろ苦いブラックコーヒーの香りが迫る。エバが驚いて身を引こうとした瞬間、油江の長く冷たい指先が、エバの白い手首をスッと捉えた。


「なっ……き、教授?」


「動かないで。……脈を測っているだけだ」


 油江はエバの手首に指を当てたまま、彼女の耳元へと顔を近づけた。彼の吐息が、エバのうなじをくすぐる。


「……一分間に、およそ百回。平常時より明らかに心拍数が跳ね上がっている。瞳孔も開き気味だ。冷徹な『元・奪衣婆』殿も、私に触れられると、こうも分かりやすく動揺してくれるのか」


「っ……! これは、その……人間の自律神経の反射でして……!」


 エバは顔を真っ赤にして反論しようとしたが、完全に彼のペースに巻き込まれていた。


「言い訳もずいぶんと人間らしくなった。……エバ。君はもう、感情を持たないただのシステムには戻れない。君の魂に刻み込まれたその熱は、私がこの世界で永遠に燃やし続けてあげよう。……だから、君のすべてを私に委ねなさい」


 油江の瞳の奥にある、狂気じみた執着と独占欲。

 それがひどく甘美な毒のようにエバの魂に浸透していく。彼の冷たい唇が、エバの頬に触れるか触れないかの距離まで近づいた、その時だった。


 ――ピシッ。


 ティーサロンの窓ガラスに、一瞬で霜が降りた。


「……え?」


 エバの背筋に、氷の刃を突き立てられたような絶対的な悪寒が走った。

 温かく甘かったサロンの空気が、急激に冷え込み、息が白く染まる。油江の気配すらも遠のき、周囲の時間がピタリと停止したかのような、異常な静寂。

 これは、間違いない。冥界の底で何千年も嗅ぎ続けてきた、鉄と古い灰の匂いだ。


「エバ? どうした、急に顔色が悪く……」


 油江が異変に気づき、エバの肩を揺さぶる。

 しかし、エバの視線は、油江越しにサロンの入り口の暗がりへと釘付けになっていた。


「……来てしまったのね」


 エバが震える声で呟くと同時。

 暗闇の中から、コツ、コツ、と革靴の足音を響かせて、一人の「男」が姿を現した。

 漆黒のタイトなスーツに身を包み、肌は死人のように青白く、血の気のない唇には冷徹な笑みが張り付いている。手には、現代の官僚が持つような黒いタブレット端末が握られていた。

 人間たちには見えないその存在。油江にも、彼が放つ異常な冷気しか感知できていないようだった。


「……お久しぶりです、元・奪衣婆殿」


 男の声は、感情の起伏が一切ない、機械の合成音声のように無機質だった。


「あなたの現世での活躍、閻魔大王様も大変評価しておられました。……いやはや、まさかあの因果のパズルを、物理的にも精神的にもあそこまで完璧に『剥ぎ取る』とは。エリートの面目躍如といったところですね」


 彼もまた、冥界のシステムの一部。

 現世の人間たちが『死神』と呼んで恐れる、魂の回収と通達を司る冥界の使者(エージェント)だった。


「……死神の第四号。あなたが直々に来るなんて、大層なご用件ですこと」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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