裁きの時間と、暴かれた真実㈡
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
「勉叔父様が言ったの。新子が邪魔だって。……あの子が死ねば、お前の父さんも楽になれるし、お前も菱倉の女王になれるって。……私は、ただ、自分の場所が欲しかっただけ。犬飼なんて、どうでもよかった。あんな気持ちの悪い男、私の言葉一つで人殺しになってくれる、便利な道具に過ぎなかった。それに私は、階段から落とせと言ったのに、あの男が勝手に屋上から落としたのよ」
「……その道具を使って、君は一線を越えた。だが、計画は失敗した。新子お嬢様は生還し、君の罪は壇茶幢……いや、私の調査によってすべて暴かれた」
油江は、あえて「エバの異能」を伏せ、自らの知略の結果として語った。
「香々美さん。君の証言によって、勉氏の教唆の罪は確定する。……だが、君が本当に恐れているのは、法による裁きではないだろう? ……君の叔母、沙代夫人が亡くなったあの日の記憶。君は、何かを知っているはずだ」
沙代夫人の名が出た瞬間、香々美の身体が目に見えて震えた。
「……おば様は、病気で死んだのよ。急性心不全だって……」
「嘘だ。……君はあの夜、勉氏の書斎で、あるものを見てしまった。……そうだろう?」
油江は、エバが冥界の小道具で読み取った「隠された記憶」の断片を、あたかもプロファイリングによって導き出した結論のように、冷酷な正確さで突きつけた。
「勉氏が、沙代夫人のワイングラスに睡眠薬を混入させている場面。あるいは、動かなくなった夫人の顔に枕を押し当てている……その凄惨な瞬間を」
「……やめて! 言わないで!!」
香々美は耳を塞ぎ、叫んだ。
彼女の魂にこびりついていた最大のトラウマ。彼女が勉の操り人形にならざるを得なかったのは、単なる強欲だけではない。叔父が実の妻を殺害する場面を目撃してしまったという、逃れられない恐怖による「共犯意識」が、彼女を狂気へと駆り立てていたのだ。
「……見たわよ。見てしまったのよ」
香々美は、もはや涙も枯れ果てた目で空を見つめた。
「おじ様は、笑っていたわ。おば様が息を引き取った後、ゆっくりとネクタイを締め直して……『これで菱倉は、私のものだ』って。……私は怖くて、誰にも言えなかった。言えば、次は私の番だと思ったから。だから、おじ様の言う通りに……新子を……」
応接室の隅にいた捜査員たちが、一斉に手帳を走らせる。
五年前の「沙代夫人急死事件」。警察が病死として処理し、歴史の闇に葬られかけていたその真実が、油江の心理的な揺さぶりによって、ついに白日の下に引きずり出されたのだ。
同時刻。別棟の応接室。
油江の信頼する心理学の教え子でもあり、特捜のアドバイザーを務める刑道が、犬飼の自白を引き出していた。
「……あの『お姉さん』はどこに行った!? 俺の服を、俺の皮を剥ぎ取ろうとした、あの恐ろしい化け物は!」
犬飼は、まだエバが見せた「奪衣婆」の幻影に怯え、ガタガタと震えていた。
「落ち着け、犬飼。……お前が新子お嬢様を突き落とした動機を、すべて話せば、そのお姉さんからも逃げられる。……香々美に何を言われた?」
「……香々美さんは、天使だと思ったんだ! 俺に、新子を救えるのはお前だけだって言ったんだ! あの子はわがままな令嬢に育てられて、自分の本当の幸せがわかってない。……一度、死ぬような思いをさせて、俺が助け出せば、あの子は俺の所有物になるって!」
犬飼の歪んだ愛。
それは、香々美という「悪魔の演出家」によって、緻密に計算された台本通りの狂気だった。香々美は犬飼のストーカー心理を完璧に掌握し、自らの手を汚さずに標的を排除する「完璧な凶器」として彼を研ぎ澄ませた。
そして、その背後には、グループの資産を独占し、邪魔な長男系統を根絶やしにしようとした勉の、底知れぬ強欲が鎮座していた。
本邸の玄関ホール。
エバは、真喜に肩を貸してもらいながら、警察車両が列をなす庭園を眺めていた。
騒然とした空気。パトライトの赤と青の光が、歴史ある屋敷の石壁を交互に染めている。
この数時間で、菱倉家という巨大な牙城は完全に崩壊した。
勉は殺人教唆と業務上横領で逮捕が確定し、香々美も殺人未遂と証拠隠滅で裁きを受ける。そして、彼らが隠し続けてきた沙代夫人の殺害という「真の悪行」も、もはや逃れられない事実として確定しようとしていた。
「……終わったんだな。本当に」
真喜が、静かに、しかし深い実感を込めて呟いた。
「新子。お前はもう、自由だ。誰かに命を狙われることも、あの冷酷な叔父に怯えることもない。……これからは、俺が、お前のために生きていくから」
真喜の温かい手の感触。
エバは、彼の胸に顔を埋めながら、自らの内に眠る「元・奪衣婆」としての役割が、ほぼ完遂されたことを悟っていた。
現世を歪めていた巨大な悪意のパズルは解かれ、罪人たちは法という名の裁きによって、その報いを受ける。冥界から派遣された代行者としての、これ以上ない完璧な「仕事」の達成。
だが、エバの心臓は、達成感ではなく、ある種の「焦燥」と「痛み」に震えていた。
すべての謎が回収され、正義が執行された後。
『菱倉新子』としての時間は、一体いつまで許されるのか。
任務を終えた魂は、再びあの冷たい冥界のシステムへと還らなければならないのか。
エバは、真喜のシャツをきつく握りしめた。
彼の流した血の匂い。彼の不器用な優しさ。
裁きの時間は、罪人たちだけでなく、裁定者である彼女自身にとっても、残酷な「終わりの始まり」を告げようとしていた。
応接室から出てきた油江颯が、手元の資料を閉じ、エバと視線を交わした。
その瞳には、「すべての真実を暴いた」という勝利の確信とともに、彼女という未知の存在をさらに深く見守ろうとする、複雑な光が宿っていた。
「……すべてのピースが埋まったよ、菱倉さん」
油江が、ゆっくりと近づいてきて囁いた。
「勉の妻、沙代夫人の死の真相。君を突き落とした犯人の動機。……そして、君という存在の特異性。……法が彼らを裁く間、私たちは、私たち自身の『これから』について考えなければならないようだね」
暴かれた真実。
それは、菱倉家という地獄の終焉を告げると同時に、エバという魂が人間界で直面する、最大の「選択」の幕開けでもあった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




