元・奪衣婆の華麗なる異能アクション㈠
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
銃口が向けられ、狂気の刃が翻る密室。
一族の没落という現実から逃避し、自らの罪を完全に棚に上げた香々美のヒステリックな絶叫と、ストーカー・犬飼の獣のような咆哮が、香々美の私室の空気を暴力的に震わせていた。
「新子、危ないッ! 下がれ!」
真喜が、自らの命など微塵も惜しくないというように、一切の躊躇なくエバの盾となるべく前へ飛び出した。
同時に、犯罪心理学者である油江颯も、極限状態における犯人の行動予測から瞬時に制圧の軌道を計算し、無駄のない動きで地を蹴ろうと重心を沈める。
愛する少女を守るため、あるいは極上の謎を秘めた共犯者を失わないため。二人の「救世主」が、人間の限界を超えた身体能力を発揮しようとした、まさにその刹那。
「――お下がりなさい、真喜さん。そして教授も。ここから先は、私、エバの『専門分野』ですわ」
初めて自分の名前を名乗った。
密室の狂乱を完全に凍りつかせる、氷のように冷たく、そして絶対的な威厳を持ったエバの声が響き渡った。
エバは真喜の広い背中越しにそっと手を伸ばし、彼を優しく、しかし人間には到底抗えないほどの不可思議な力で後方へと押し留めた。
前に歩み出たエバの姿は、もはや「守られるべき可憐な令嬢・菱倉新子」のそれではない。
彼女の周囲の空間が、水面のようにぐにゃりと歪む。
冥界の底から吹き上げる冷たい瘴気が、彼女の足元から紫色のオーラとなって渦を巻き始めた。急激な気温の低下により、床に散らばったクリスタルグラスの破片や、高級なペルシャ絨毯の毛足が一瞬にして真っ白に凍りつく。
(私は冥界のエリート官僚。閻魔大王の直属として、数多の亡者たちを管理し、彼らの業を裁いてきた執行官。……現世の人間たちは私の本来の役職を、三途の川のほとりで亡者の衣服を剥ぎ取る醜い老婆、『奪衣婆』という名で恐れ、歪曲して語り伝えてきたけれど)
エバの澄んだ瞳の奥に、かつての己の真の姿が明滅する。
『奪衣婆』。それは決して、昔話に語られるような醜悪な老婆などではない。現世の未練や、魂にこびりついた罪という名の「衣」を強制的に剥ぎ取り、魂を丸裸の真実へと還元させる、冥界の極めて高度で洗練された能力者に与えられた称号である。
そして、その『剥ぎ取る』という絶対的な権能が、現世の物理的な戦闘に応用された場合――敵の持つ運動エネルギー、武器の威力、そして抗う戦意そのものを完全に「無力化(剥奪)」する、最強の対人制圧術へと昇華されるのだ。
「死の淵から蘇った私を、刃物とおもちゃのような銃で止められるとでも思って?」
エバは優雅に右手を差し伸べ、薄く、恐ろしいほどに美しい微笑を浮かべた。
「おいでなさい。あなたたちにこびりついた強欲と狂気の皮を、一枚残らず剥ぎ取って差し上げますわ」
「狂ってやがる……死ねェェェッ!」
犬飼が血走った目を剥き出しにし、サバイバルナイフを上段に構えて、猛然とエバへと突進してきた。常人であればすくみ上がるほどの濃密な殺気と、巨体から繰り出される暴力的なスピード。
真喜が悲鳴に近い声を上げ、手を伸ばそうとする。
しかし、エバは一切動じることなく、犬飼の動きを冷徹なコンピューターのように解剖していた。
(刃の軌道、筋肉の収縮、重心の移動……。人間界の格闘術の理屈は、この肉体の脳にすでにダウンロード済みよ)
犬飼が全体重を乗せて刃を振り下ろす、コンマ一秒のタイミング。エバはまるで無重力のダンスを踊るかのように、スッと半歩だけ斜め前へと踏み込み、刃の軌道から滑らかに身を躱した。
――ヒュッ!
ナイフの冷たい刃がエバの頬の数ミリ横を空振りし、犬飼の体勢が完全に前のめりになる。
その瞬間、エバの白く細い手が、犬飼のナイフを握る右の手首に蛇のように絡みついた。
「な……!?」
それは、合気道や柔術といった人間の技術をベースにしながらも、根底の物理法則を冥界の異能で書き換えた、文字通りの『魔法』だった。
エバが手首を軽くスナップさせただけで、奪衣婆の権能が発動する。犬飼が突進してきた巨大な前進の運動エネルギーが、エバの手を通して強制的に「剥奪」され、全く逆のベクトル――頭上へと向かって反転させられたのだ。
「ガァッ!?」
自らの突進の勢いをそのまま関節に叩き込まれた犬飼は、まるで巨大な竜巻に巻き上げられた枯れ葉のように、空中で無様に錐揉み回転しながら天井めがけて吹き飛ばされた。
ドゴォォォンッ!
と激しい音を立てて豪奢なシャンデリアに激突し、ガラスの雨を降らせながら、床の高級絨毯へと背中から叩きつけられる。
彼の手からこぼれ落ちたナイフを、エバは空中で優雅にキャッチし、まるで不要なゴミでも捨てるかのように、部屋の隅へと放り投げた。
「武器も、勢いも、すべて私が『剥ぎ取り』ましたわ。……さあ、少しはおとなしく眠っていなさい」
エバは倒れて呻く犬飼の延髄の辺りを、ヒールで軽く、しかし人間の急所を完璧に突く一撃として踏み抜いた。犬飼は白目を剥き、今度こそ完全に意識を刈り取られて沈黙した。
その常人離れした、あまりにも華麗で、残酷なまでに美しい異能アクション。
一部始終を目の当たりにした油江は、瞳孔を限界まで開き、犯罪心理学者の顔を捨てて「未知の法則」に魅了された科学者のように感嘆の息を漏らしていた。真喜は、自分が守ろうとしていた少女の放つ圧倒的な力に、ただ呆然と立ち尽くしている。
「ひぃっ……! ば、化け物……!」
香々美が銃を握る手をガタガタと激しく震わせながら、半狂乱になって引き金に指をかけた。自らが操っていた狂犬が、小柄な少女に一瞬で吹き飛ばされたという現実が、彼女の脳の処理能力を完全にオーバーさせていた。
「来るな! 来たら撃つわよ! 本当に撃つからね!!」
「撃てばいいではありませんか」
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




