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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第四章 暴かれる罪と罰

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強欲と嫉妬が導いた殺意のパズル㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 三浦半島の夜明けは、鉛色の空を引き裂くような鋭い光によって幕を開けた。

 油江のセーフハウスのリビングでは、冥界の小道具『壇茶幢(だんだどう)』が暴き出した凄惨(せいさん)な真実の余韻が、重苦しい沈黙となって漂っていた。分厚い防音ガラスの向こうで砕ける波の音だけが、この世の時間が止まっていないことを辛うじて告げている。

 ソファに腰掛けていた真喜は、顔を覆っていた両手を力なく下ろした。その瞳には、かつてないほどの混乱と、やり場のない怒りが渦巻いている。


「……信じられない。香々美さんが、あんな……あんな薄汚いストーカーを利用して、新子を殺そうとしていたなんて。おじいさまの過去の罪も、勉さんの裏の顔も……この家は、最初から狂っていたのか」


 真喜の震える声に対し、エバは窓辺に立ち、冷たく澄んだ朝の光を真っ向から受け止めていた。

 彼女の魂の奥底には、先ほど壇茶幢を通じて得た「真の自覚」が、消えない刻印のように刻まれている。


(私は、単なる偶然や気まぐれでこの肉体に宿ったのではない。冥界の調和を乱すほどの巨大な『罪の因果』を断ち切るために、閻魔大王の手によって菱倉新子という器へ送り込まれた裁定の代行者……。それが、私に与えられた本当の役目だったのね)


 冥界のエリートとして、無菌室のような規律の中で生きてきたエバにとって、現世の人間が織りなす「強欲」や「嫉妬」といった感情の泥濘(ぬかるみ)は、あまりにも生臭く、理解しがたいものだった。しかし、その泥濘こそが一人の無垢な少女の命を奪いかけ、現世の理を大きく歪めていた。

 偽りの衣を剥ぎ取り、魂を丸裸にして真実の罪を計る『奪衣婆(だつえば)』としての本来の役目。その歪みを正すことこそが、彼女が人間に憑依(ひょうい)させられた理由なのだ。


「真喜くん。感情的になっても事態は好転しないよ」


 油江が、冷めたコーヒーを一口啜(すす)り、冷徹な声で真喜を現実に引き戻した。


「勉の逮捕と家宅捜索が始まった今、菱倉グループという強固な盾を失った香々美は、いわば袋の鼠だ。だが、彼女のようなタイプは、追い詰められれば追い詰められるほど、自分を守るために最も卑劣な手段を選ぶ。……そして、もう一つの懸念は、あのストーカー、犬飼だ」


「……犬飼?」


 真喜が眉を険しくひそめる。


「そうだ。彼は香々美に言葉巧みに(そそのか)され、新子お嬢様を屋上から突き落とした実行犯だ。だが、香々美にとって彼は、用済みになればいつでも切り捨てられる『壊れた道具』に過ぎない。もし彼が、自分が利用されていたことに気づけば……あるいは、香々美が彼に最後の『後始末』を命じれば、取り返しのつかない惨劇が起きるだろう」


 油江のプロファイリングは、常に最悪のシナリオを想定している。エバは油江の言葉を静かに咀嚼(そしゃく)しながら、自らの内に眠る異能の波長を微かに震わせた。壇茶幢が示したあの「因果の線」は、まだ完全に断ち切られてはいない。香々美と犬飼、そして勉という三つの殺意が重なり合って作られたパズルは、まだ未完成のまま(うごめ)いているのだ。


「菱倉さん」


 油江が、獲物を見定めた猟犬のような鋭い瞳でエバを見た。彼の目には、彼女が人間ではないという事実への恐怖よりも、その特異な存在そのものを解き明かしたいという、危険なまでの知的好奇心が燃えていた。


「勉の罪は法が裁く。だが、香々美の嫉妬と犬飼の狂気……この『私的な殺意』の決着は、彼らを最も近くで見てきた君自身の手でつける必要がある。……そうだろう?」


「ええ。教授」


 エバは力強く(うなず)いた。


「香々美お姉様は、今も本邸の奥底で、自分の罪が暴かれるはずがないと高を(くく)っているはずですわ。彼女の中に巣くう醜い『嫉妬』と『強欲』という名の怪物を、白日の下に引きずり出さなければなりません。そして、その道具として使われた犬飼の行方も……」


 エバは、隣で悔しげに拳を握る真喜の肩に手を置こうとして、寸前で思い止まった。

 真喜の愛する可憐な「菱倉新子」は、もうどこにもいない。今の自分は、彼の理解を超えた場所からやってきた裁定者なのだ。しかし、彼が向けてくれる純粋な愛情だけが、今のエバにとって唯一の「現世への未練」として、胸の奥でチクリと痛みを立てていた。


「真喜さん。……ここで待っていて、とは言いませんわ。あなたが見てきた『菱倉家』の終焉(しゅうえん)を、その目で見届ける権利があなたにはあります」


「……ああ。俺も行くよ、新子。お前をもう一度だけ、あんな恐ろしい奴らの前に一人で立たせるわけにはいかないからな」


 三人は早朝のセーフハウスを後にし、崩壊の渦中にある横浜・芦屋の菱倉本邸へと向かった。

 車内では、油江が特捜部の動向をタブレットで監視し続けていた。


「勉はすでに警察病院の個室で身柄を確保されたようだ。……だが、香々美への捜査令状はまだ出ていない。彼女の関与を示す『物理的な証拠』が、警察の段階では不足しているからだ」


「物理的な証拠がなくても、彼女の『魂の記憶』には、消えない傷跡として残っています。……それを直接突きつければ、自白を引き出すのは容易(たやす)いことですわ」


 エバの声は、もはや人間の感情を超越した、絶対的な裁判官のような響きを帯びていた。

 やがて、SUVのフロントガラス越しに、テレビの報道陣とパトカーが取り囲む菱倉本邸の巨大な正門が見えてきた。

 一族の没落を告げるフラッシュの光と怒号を避け、油江は熟知している裏道の搬入口へと車を滑り込ませた。

 屋敷の内部は、特捜部の捜査員が本館の一部を慌ただしく行き来しているものの、居住区画の奥深くは、使用人たちがパニックで逃げ出したため、まるで死後の廃墟のような不気味な静寂に支配されていた。

 エバは一歩、一歩と、自分を死の淵へと突き落とした従姉・香々美の私室へと歩を進めた。

 その背後で、真喜は緊張に顔を強張らせ、油江はコートのポケットの中に隠した「決定的な証拠」に静かに指を這わせている。


「……来ましたわね、香々美お姉様」


 エバが、重厚なマホガニーの扉の前に立ち止まった。扉の向こう側からは、ガタガタと何かが乱暴に動かされる音と、苛立ちに満ちた足音が漏れ聞こえていた。


「強欲と嫉妬……。それらが導き出した殺意のパズル。その全貌を、今ここで明らかにしますわ」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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