壇茶幢(だんだどう)が語る隠された記憶㈡
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
「なるほど。従姉の香々美が、ストーカーの妄想を暴走させ、実行犯として操っていたのか」
油江は腕を組み、冷ややかな感嘆の息を漏らした。
「表向きは仲の良い姉妹を演じながら、裏では新子を陥れるために罠を張る。女の嫉妬と狡猾さが生み出した、見事な間接殺人だ。……だが、菱倉さん。香々美の動機は単なる『嫉妬』だけで、あれほど周到にストーカーを洗脳するものだろうか?」
「……ええ。彼女の魂の奥底には、嫉妬の匂い以外に、もっと生臭く、どす黒い『強欲』の匂いがこびりついていますわ」
エバが壇茶幢の柄を握る手にさらに力を込めると、杖の「嗅ぐ鼻」がさらに激しく空気を吸い込み、香々美の背中から伸びるもう一本の、さらに太く黒い「因果の線」を暴き出した。
その黒い線が繋がっていた先。
それは、本邸の豪華な応接室で、香々美と密談を交わす一人の男の姿だった。
菱倉勉。
一族の権力を狙い、沙代夫人を殺害し、木島を使って爆発の罠を仕掛けた、あの男。
すべての事件の点と点が、壇茶幢の力によって、今、一つの巨大で醜悪な「殺意のパズル」として完全に繋がりつつあった。
書斎の空間を支配する紫色の瘴気が、さらに濃く、重く渦巻き始めた。
壇茶幢の先端にある「見る目」の眼球が、カチカチと不気味な音を立てて焦点を結び直し、もう一方の「嗅ぐ鼻」が、ズズッ……と空気に混じった卑小な欲望の残滓を吸い込む。
ホログラムのような幻影が波打ち、次に映し出したのは、菱倉本邸の奥まった場所にある、香々美の私室だった。
豪奢な調度品に囲まれたその部屋で、香々美は叔父である勉と向かい合っていた。二人の間には、一族の資産状況と家系図が記された一枚の極秘資料が広げられている。
『……おじ様、これを見て。おじいさま(剛蔵)は、次の誕生日に新子を正式な後継者として指名するつもりよ。そうなれば、私たちの取り分は雀の涙ほどになってしまうわ』
幻影の中の香々美の顔は、屋敷で見せる可憐な従姉のそれとは似ても似つかない、どす黒い嫉妬と強欲に歪んでいた。
『新子さえ……新子さえいなければ、長男の系統は途絶え、次男であるおじ様が正当な当主、そして私がその補佐として、この家のすべてを手にできるのに』
勉は、手にした葉巻の煙をゆっくりと燻らせながら、冷酷な笑みを浮かべていた。
『香々美、お前の言いたいことはよくわかる。……だが、直接手を下すのはリスクが大きすぎる。警察や特捜は、常に私の動きを注視しているからな。……お前に、何か「良い案」があるのか?』
『ええ、おじ様。新子のストーカーをしている、あの犬飼という愚か者を使うの。彼は私が少し唆せば、新子を救うため、あるいは独占するために、喜んで地獄の門まで走っていくわ』
香々美は、手元にある犬飼の写真を、嘲笑うかのように指でなぞった。
『彼が理科棟の階段で彼女を突き落とせば、それは「精神を病んだストーカーによる単独犯行」として処理される。私たちは一切の関与を疑われることなく、目の上のたんこぶを掃除できるのよ』
勉は満足げに頷き、香々美の肩を叩いた。
『いいだろう。実行犯への資金援助や、警察への工作は私に任せろ。……香々美、お前は犬飼という「凶器」を完璧に研ぎ澄ませておくんだ』
二人の密約が交わされた瞬間、幻影の空間を繋ぐ「因果の線」が、鮮血のような赤色から、腐敗した泥のような黒色へと変色した。
「……信じられない。一族の身内同士が、あんなにも平然と殺人の相談を……」
ソファの陰から目を覚ましていた真喜が、震える声で呟いた。彼はいつの間にか、書斎の入り口で、エバの異能が暴き出した凄惨な真実を呆然と見守っていたのだ。
「新子……。お前、あんな奴らに囲まれて、一人でずっと耐えていたのか……?」
エバは真喜の方を振り返ることなく、壇茶幢を再び床に力強く突き立てた。
ドンッ……!
その衝撃音とともに、幻影は粒子となって霧散し、書斎には再び静寂と、冷たい冥界の気配だけが残された。
「……これが、事件の全貌ですわ。教授」
エバの瞳は、感情を一切排した絶対零度の光を湛えていた。
「突き落としの実行犯は、香々美お姉様に操られたストーカーの犬飼。そしてその背後で、資金と隠蔽工作を提供し、計画を主導していたのが勉叔父様。……嫉妬と強欲。二つの醜い感情が、一人の少女を死の淵へと追いやった。……点と線は、今、完全に繋がりました」
油江颯は、デスクの上のコーヒーカップを手に取り、冷めた液体を一口啜った。彼の顔には、解けないはずのパズルを完璧に解き明かした時のような、歪んだ知的な歓喜が浮かんでいた。
「実に見事だ、菱倉さん。……勉は権力のために、香々美は嫉妬と金のために。そして利用された犬飼は歪んだ愛のために。それぞれが補完し合い、一つの殺人という名のパズルを完成させた。……だが、彼らが一つだけ計算を誤ったことがある」
油江は立ち上がり、エバの隣に並んだ。
「それは、新子お嬢様が命を落としかけたその瞬間、冥界から君という名の『絶対的な裁定者』が、その肉体に宿ってしまったことだ。……彼らは自分たちが、人間の警察ではなく、冥界の理によって裁かれることになるとは、夢にも思っていないだろうね」
「……ええ」
エバは静かに壇茶幢を「向こう側」へと帰した。
紫色の瘴気が消え、部屋の温度がゆっくりと元に戻っていく。だが、エバの心の中に芽生えた、燃えるような復讐の炎は、さらにその勢いを増していた。
「勉叔父様は、特捜部の捜査によって社会的な死を迎えるでしょう。……ですが、香々美お姉様。彼女はまだ、屋敷の中で、自分の手が汚れていないと信じて高笑いを続けていますわ。……彼女には、彼女にふさわしい、最悪の『罰』を与えてやらなければなりません」
エバは、呆然と立ち尽くす真喜に向かって、ひどく哀しい、しかし残酷なまでの決意を秘めた微笑みを向けた。
「真喜さん。……私を信じていて。……私を傷つけた者たちすべてに、相応の報いを受けさせるまで、私は止まりませんわ」
油江が、ノートパソコンのエンターキーを静かに叩いた。
「勉の裏帳簿、香々美との通信履歴の復元、そして犬飼への送金ルート。……すべてのデータは、今この瞬間、特捜部へ送信された。……パズルのピースはすべて埋まったよ、菱倉さん」
夜明け前の三浦半島の空に、稲光のような閃光が走った。
冥界から託された「壇茶幢」が暴き出した、隠された記憶。
それは、菱倉家という巨大な牙城を崩壊させる、最後にして最大の衝撃波となって、静かに、しかし確実に牙を剥こうとしていたのである。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




