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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第三章 閻魔の小道具と白檀の罠

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駆けつけた二人の救世主㈡

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 エバの身体がビクンと大きく跳ね、彼女は泥を吐き出すように激しく咳き込んだ。酸素が血流に乗り、急速にシャットダウンしかけていた脳細胞に再び火を灯す。


「新子!!」


 真喜はエバを力強く抱き起こし、その小さな頭を自らの広い胸に押し当てた。


「よかった……! 本当によかった……!」


 霞む視界の中で、エバの耳に飛び込んできたのは、ドクン、ドクンと破裂しそうなほど早鐘を打つ、真喜の心臓の音だった。


(真喜……さん……? どうして、あなたがここに……)


 意識が混濁する中、エバは自分が地獄の淵から現世へと引き戻されたことを悟った。

 昨日、彼女が命を狙われたことを知った真喜は、極度の心配から一睡もできず、深夜の菱倉家の門外でずっと張り込んでいたのだ。そして、重装備で屋敷に潜入しようとする油江を泥棒と勘違いして取り押さえようとし、逆に油江から『彼女を救いたいなら荷物を持て』と脅され、ここまで地獄の底を這うようにしてついてきたのである。


「……真喜さん……苦しい……ですわ……」


 エバが(かす)れた声で(つぶや)くと、真喜はハッとして腕の力を少しだけ緩め、泣き笑いのような顔で彼女の頬を撫でた。


「ごめん、ごめんな新子。……もう大丈夫だ。俺が来たからには、誰にもお前を傷つけさせない」


 その光景を、追いついた油江がガスマスクを外しながら、静かに見下ろしていた。


「感動の再会に水を差して悪いが、脱出するぞ。爆発音を聞きつけた番犬どもが、血眼になって集まってくる」


 油江のコートのポケットが、証拠品のカプセルの重みで微かに揺れているのをエバは見た。彼もまた、自らの命を危険に晒してまで、共犯者としての約束を完璧に果たしてくれたのだ。

 エバの胸の奥で、強引に封じ込めていた「バグ」が、激しく明滅を始めた。

 真喜が向ける、無垢な令嬢への盲目的で過保護な愛情。

 油江が向ける、謎を秘めた冥界の者への知的な執着。

 相反する二つの強烈な「愛」に挟まれ、エバの心臓は白檀の毒牙に侵された肺よりも熱く、激しく高鳴っていた。


「真喜くん、君は力仕事の担当だ。彼女を抱えろ。私は退路を確保する」


「言われなくても、新子は俺が運ぶ!」


 真喜が再びエバを抱きかかえ、油江を先頭にして、三人は迷路のような菱倉本邸の廊下を駆け出した。

 しかし、運命は彼らに容易な脱出を許しはしなかった。

 廊下の角を曲がった瞬間、前方の暗闇から、複数の強烈なタクティカルライトの光が彼らの目を射抜いた。


「――そこまでだ! 何者だ貴様ら!!」


 菱倉家が秘密裏に雇い入れている、完全武装の私設警備部隊。特殊警棒と非合法のテーザー銃を構えた五人の屈強な男たちが、完全に退路を塞いで立ち塞がった。

 絶体絶命の包囲網。

 油江の目が冷徹な計算の光を帯び、真喜がエバを庇うように獣のような低い唸り声を上げた。

 死の密室を抜け出した三人を待ち受ける、真の脱出劇が幕を開けようとしていた。

 退路を完全に塞ぐように立ち塞がった五人の私設警備員たち。彼らが手にしたタクティカルライトの強烈な光束が、逃亡者たちの視界を暴力的に奪い、暗い廊下に不気味な影を長く引き伸ばした。

 ジジッ、と空気を焦がす嫌な音が響く。警備員の一人が構えた非合法の改造テーザー銃から放たれる、高圧電流の威嚇音だ。


「……大人しく投降しろ。さもなくば、骨の数本が折れるだけでは済まないぞ」


 警備部隊のリーダー格と思われる大柄な男が、特殊警棒を手のひらに打ち付けながら、低い声で威圧した。彼らは菱倉家の汚い仕事をも請け負う、血と暴力にまみれた本物の「番犬」たちである。

 絶体絶命の包囲網。エバの異能は白檀の毒牙によって未だ深い麻痺状態にあり、閻魔の小道具を召喚することはおろか、自力で立ち上がることすらできない。

 油江の瞳が、暗がりの中で冷徹な計算の光を帯びた。彼の上着の裏には、閻魔の小道具としてではないが、自衛のために用意しておいた護身用の特殊閃光弾が隠されている。タイミングを見計らい、視覚を奪って強行突破する――油江の明晰な頭脳が最適解(さいてきかい)を弾き出した、その刹那だった。


「退けぇぇぇッ!! 俺の新子に、近寄るなァァァッ!!」


 油江が動くよりも早く、エバを抱きかかえていた真喜が、信じられない行動に出た。

 彼は、自らの広い背中と太い腕でエバの身体を完全に覆い隠し、一切の減速や躊躇をすることなく、先頭の警備員に向かって猛烈なスピードで突進したのだ。

 それは武術でも格闘技でもない。ただ「愛する者を絶対に守り抜く」という、原始的で剥き出しの闘争本能だけで突き動かされた、手負いの獣の暴威だった。


「なっ……こいつ、狂って……!」


 テーザー銃を構えていた警備員が、常軌を逸した真喜の突進に一瞬だけ怯んだ。そのわずかな隙が、致命的な結果を生んだ。

 真喜の全体重を乗せた捨て身のショルダータックルが、大柄な警備員の胸板に激突する。鈍い骨の軋む音が廊下に響き渡り、警備員の巨体がまるでボーリングのピンのように宙を舞い、背後の壁に激突して白目を剥いて崩れ落ちた。


「この野郎ッ!」


 激昂した別の警備員が、容赦なく特殊警棒を振り下ろす。鈍い音がして、真喜の肩口を強打した。


「ぐっ……!」


 真喜の口から苦悶の声が漏れる。しかし、彼はエバを抱く腕の力を微塵も緩めることなく、打たれた痛みを怒りの燃料へと変換し、そのまま警棒を振り下ろした男の顎を下から強引に蹴り上げた。鮮血が飛び散り、二人目の男が沈む。

 その真喜の狂乱が生み出した一瞬の死角を、油江の冷徹な知性が見逃すはずがなかった。


「伏せろ、真喜!」


 油江の鋭い指示とともに、彼の手から黒い円筒形の物体が放り投げられた。

 直後、廊下を昼間のように照らし出す強烈な閃光と、三半規管を直接揺さぶるような鼓膜を劈く破裂音が炸裂した。特殊閃光弾(フラッシュバン)だ。


「ぎゃああっ!」「目が……!」


 残る三人の警備員たちが、視覚と聴覚を同時に奪われ、武器を放り出してその場にうずくまる。


「今だ、走れ!」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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