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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第三章 閻魔の小道具と白檀の罠

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駆けつけた二人の救世主㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 ――ドォォォォォォンッ!!!


 鼓膜を力任せに引き裂くような、凄まじい金属の絶叫と爆発音が、静まり返っていた菱倉家本邸の東翼を根底から揺るがした。

 数トンもの質量を誇る特殊合金製の分厚い扉が、工業用のテルミットカッターによる超高温の熱線と、局所的な指向性爆薬の暴力によって、強固な蝶番ごと完全にねじ切れ、部屋の内側へと無残に吹き飛んだ。

 轟音とともに、強烈な爆発の閃光と真っ黒な粉塵が、密室へと一気に雪崩れ込む。

 扉の外の冷たい夜気と硝煙の匂いが、室内に高濃度で充満していた「白檀」の甘く重い煙と激しく衝突し、猛烈な乱気流を生み出した。


「菱倉さん! どこだ!!」


 舞い上がる粉塵と白煙を真っ二つに切り裂いて、弾丸のような速度で地獄の部屋へと飛び込んできたのは、漆黒の防毒ガスマスクを装着した長身の人影――油江颯だった。

 彼は瞬時に室内の空気を分析し、ガスマスクの奥で驚愕に目を見開いた。


(……なんだ、この異常なまでの白檀の匂いは。サリンやVXガスのような致死性の化学兵器ではない。ただの、極めて濃度の高い香木の煙……? 勉は、なぜこんなものを……)


 だが、その疑問を思考の片隅に追いやる暇もなく、油江の背後から、防毒装備も一切持たないもう一つの人影が、文字通り狂犬のような勢いで室内に飛び込んできた。


「新子ォォォッ!! どこだ、新子!!」


 悲痛な魂の絶叫。

 それは、真喜だった。彼は綺麗に整えられていたはずの髪を振り乱し、高級なジャケットを煤と瓦礫の破片でボロボロに引き裂きながら、視界を遮る猛烈な白煙の中に何の躊躇(ためら)いもなく身を投じた。


「馬鹿者、息を止めろ真喜! 煙に巻かれるぞ!」


 油江の制止の声など、真喜の耳には一切届いていなかった。彼はむせ返り、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、這うようにして煙の底を探り回り――やがて、部屋の中央、ペルシャ絨毯の上に倒れ伏している少女の姿を見つけ出した。


「新子……! ああ、新子……!!」


 真喜はエバの元へ滑り込むと、氷のように冷え切った彼女の身体を、自らの胸の中に壊れんばかりの力で抱きしめた。

 エバの意識はすでに完全に暗転しており、紫に染まった唇からは呼吸の気配すら感じられない。白檀の強烈な浄化の力によって、肉体と魂を繋ぐ楔が外れかけ、まさに消滅の瀬戸際にあった。


「冷たい……! 息をしてない……嘘だろ、新子、目を開けてくれ! 俺だ、俺が来たんだ!!」


 真喜の絶望に満ちた叫び声が、煙の充満する部屋に木霊(こだま)する。彼の目から溢れ出した大粒の熱い涙が、エバの青白い頬にボロボロとこぼれ落ちた。

 愛する少女を失うかもしれないという、常軌を逸した「過保護なまでの恐怖と愛情」。真喜は自らの命を削るかのように、彼女の冷たい頬に何度も自らの頬をすり寄せ、必死に体温を与えようとしていた。

 その光景を、油江はガスマスクのレンズ越しに、冷徹な、しかし内側に激しい焦燥を秘めた瞳で見つめていた。


(……ただの香木の煙で、なぜ彼女はここまで急速に生命活動を停止させている……?)


 油江の明晰な頭脳が、これまでの不可解な現象の数々を猛烈な速度で結びつけていく。

 現世の理を外れた「閻魔の小道具」の使役。死者すらも恐れぬ常人離れした精神力。そして今、彼女を死の淵に追いやっているのが、毒ガスではなく、悪霊や不浄を祓う神聖な「白檀の煙」であるという事実。


(……なるほど。そういうことか、菱倉さん。君は……ただの人間ではないのだな)


 油江の中で、一つの強烈な仮説が確信へと変わった。彼女は、ただの無力な令嬢「菱倉新子」などではない。冥界の掟を背負い、何らかの理由で現世へと舞い戻ってきた異形の存在。だからこそ、白檀の浄化の力が、彼女にとっての超自然的な弱点(アキレス腱)として作用しているのだ。

 だが、油江はそれに(ひる)むどころか、逆に口角をわずかに吊り上げた。


(君が人間であろうとなかろうと、そんなことは私の知ったことではない。君の魂は、私がこの現世に繋ぎ止める)


「真喜! 泣いている暇があったら、彼女をすぐにこの部屋から連れ出せ! 廊下の空気の澄んだ場所まで走れ!」


 油江は鋭い怒号を飛ばし、真喜を現実に引き戻した。


「……っ! ああ、わかってる!!」


 真喜はエバの膝裏と背中に腕を回し、まるで壊れやすい硝子細工を抱き上げるかのように、お姫様抱っこの体勢で彼女を軽々と抱き上げた。彼自身の肺も煙でひどく痛んでいるはずだが、火事場の馬鹿力とも言うべきアドレナリンが、彼の肉体を限界以上に突き動かしている。

 真喜がエバを抱えて部屋を飛び出していくのを見送ると、油江はすぐさま行動を開始した。

 エバの命を救うことは真喜の情熱に託した。ならば、自分は共犯者としての「任務」を完璧に遂行しなければならない。

 油江は濃密な白煙の中を迷うことなく進み、部屋の奥に鎮座するアンティークの化粧台へと辿り着いた。エバから事前に知らされていた通り、引き出しの底板を外し、精巧な木枠の隙間に指を差し込む。

 カチリ、という小さな音とともに、隠しスペースが開いた。

 中から出てきたのは、小さな金属製のカプセル。勉が五年前、妻の沙代を毒殺してまで隠滅しようとし、そして見つけられなかった「殺害の決定的証拠」――裏帳簿のデータと告発状を収めたマイクロSDカードだ。


「……見つけたぞ、勉。これでお前の強固な城壁は、完全に砂上の楼閣(ろうかく)と化す」


 油江はカプセルをコートの内ポケットへ厳重にしまい込むと、自らも(ひるがえ)るようにして部屋を脱出した。

 廊下に出ると、非常用の赤い警報灯が不気味に回転し、サイレンの音が館内に鳴り響いていた。

 少し離れた壁際で、真喜がエバを床に寝かせ、必死に呼びかけながら人工呼吸を試みようとしていた。


「新子! 頼む、息をしてくれ……!」


 白檀の煙から解放され、新鮮な空気に触れたことで、エバの魂を縛り付けていた浄化の鎖がわずかに緩んだ。


「……ごほっ、……ぁ……、はぁっ……」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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