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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
序 章 冥府からの片道切符

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目覚めは眩しい光と喧騒の中で㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 光。それは、エバにとって数千、あるいは数万年ぶりに体験する、あまりにも強烈で暴力的な刺激だった。まぶたの裏に直接焼き付くような純白の閃光が弾け、無色透明であり白と黒の世界であったはずの彼女の視界を一瞬にして激しく塗り潰していく。

 続いて容赦なく襲いかかってきたのは、耳をつんざくような凄まじい「音」であった。


「バイタル戻りました! 心拍再開! 自発呼吸あります!」


「信じられん……あれだけのダメージで、心停止からここまで回復するとは。まさに奇跡だ!」


 ピッ、ピッ、ピッという規則的で無機質な電子音。誰かが慌ただしく走り回る足音。何かの医療器具の金属がぶつかり合う冷たい響き。そして、意味を成さない人々のざわめき。

 声、声、声。三途の川のほとりでは、亡者とのやり取りすら声を発しない思念のみで行われていたため、空気を震わせて鼓膜を直接叩く「声」という存在自体が、エバの脳髄(のうずい)を激しく揺さぶった。静寂のみが支配していた世界から、突如として無秩序な動きと音が存在する世界へと放り込まれたのだ。

 うるさい。眩しい。そして、何よりも暑い。

 気温や湿度という概念が一切存在しない冥界の受付カウンターで、ただ永遠に等しい時間を過ごしてきた彼女にとって、肌にまとわりつくような空気の重さと、じっとりとした熱気は耐え難い不快感だった。


(なに、これ……! どうなっているの!? ここはどこなのよ!?)


 エバは必死に目を開けようとしたが、鉛のように重いまぶたは容易には言うことを聞いてくれなかった。全身が信じられないほどの重力に縛り付けられているような感覚。無痛であったはずの体に、ズキズキとした鈍い痛みが走る。そして、今まで一度も感じたことのない奇妙な感覚が、彼女の意識を支配し始めた。

 喉が、異常に渇いている。

 口の中はカラカラに乾ききっており、舌はひび割れた大地のようにざらついていた。唾液を飲み込もうとしても、喉の奥が張り付いて引きつるような痛みを伴う。飲食など一切必要としなかった彼女にとって、「渇き」という生理的欲求は完全に未知の苦痛であった。

 さらに、下腹部を中心に、これまでに経験したことのない奇妙な圧迫感が押し寄せていた。それが人間界における「尿意」と呼ばれる現象であると理解するまでに、エバの優れた頭脳でさえ数秒の時間を要した。


(嘘でしょう!? 排泄!? この私が!? 天使養成校を首席で卒業し、閻魔大王の妻にまで上り詰めたエリート中のエリートであるこの私が、こんな下等な生理現象に悩まされるなんて!)


 パニックに陥りかけたエバの意識の中で、ひとつの強烈な記憶がフラッシュバックした。三途の川で、突如として眩い光に包まれ、強引に魂を引き剥がされたあの瞬間のことだ。そして、その背後に感じた、かつての夫であり冥界の最高権力者である閻魔大王の、どこか悲哀に満ちた気配。


(あのバカ閻魔! 私を、人間界の……それも今にも死にそうな小娘の体に無理やり放り込みやがったのね!?)


 怒りと混乱が交錯する中、エバはようやく重いまぶたを押し上げることに成功した。

 視界に飛び込んできたのは、無機質な白い天井と、煌々(こうこう)と周囲を照らす蛍光灯の光だった。あまりの眩しさに思わず目を細める。周囲には、白い白衣を着た男女が何人も群がり、エバの体を覗き込んでいた。彼らの顔には、一様に驚愕(きょうがく)と安堵の色が浮かんでいる。


「意識が戻りましたよ! わかりますか? ここは病院です。あなたは大学の屋上から転落して、ここに運ばれてきたんですよ」


 初老の医師が、信じられないものを見るような目でエバに語りかけてきた。


(病院? 転落? ああ、そうか……。この体の持ち主は、突き落とされて死にかけていたのね)


 エバは冷静に状況を分析しようとしたが、肉体が発する悲鳴がそれを許さなかった。


「み、ず……」


 ひび割れた唇から、かすれた声が漏れる。自分自身の声帯を震わせて音を出すという行為すら、彼女にとっては新鮮であり、同時にひどく疲労を伴う作業だった。


「ああっ、まだ急に喋ってはいけません! すぐにお水を濡らした綿を含ませますからね」


 看護師が素早い手つきでエバの口元を潤してくれる。ほんのわずかな水分だったが、エバにとってはそれは甘露のごとき美味に感じられた。


(美味しい……。水というものが、これほどまでに体に染み渡るものだったなんて)


 感動も束の間、下腹部の圧迫感はいよいよ限界に達しようとしていた。


「あ、あの……! ちょっと、トイレ……!」


 エバは羞恥心で顔を真っ赤にしながら、必死に声を絞り出した。本来の姿は容姿端麗なツンデレ系であり、冥界で密かに恐れられていた奪衣婆(だつえば)が、人間の生理現象に振り回され、赤面しながら用を足したいと懇願するなど、前代未聞の屈辱であった。

「大丈夫ですよ、菱倉さん。尿管カテーテルが入っていますから、そのまま出してもらって構いません」

 看護師の優しくも残酷な言葉に、エバは絶望の淵に叩き落とされた。


(カテーテル!? 私の、この純潔なる体に、管が……!? 殺す! 閻魔大王、絶対に許さないわよ……!)


 エバの心の中での阿鼻叫喚(あびきょうかん)をよそに、医師たちは彼女の驚異的な回復力にただただ舌を巻いていた。大学校舎の屋上、十数メートル以上の高さからコンクリートの地面に叩きつけられたにもかかわらず、致命的な臓器の損傷は奇跡的に免れており、砕けたはずの骨折箇所も驚くべきスピードで癒合(ゆごう)を始めているというのだ。それはひとえに、エバという冥界の強大な魂が定着したことによる超常的な治癒力のおかげであったが、ただの人間である彼らにそれがわかるはずもない。


 数日後。

 エバの入っている「菱倉新子」の肉体は、一般病棟の豪華な特別個室へと移されていた。

 そこは一流ホテルのスイートルームと見紛(みまご)うばかりの広さと設備を誇っており、大きな窓からは横浜の美しい夜景が一望できる。しかし、エバにとってそんな人間の作り出した贅沢など何の慰めにもならなかった。

 彼女は今、人生で最大のカルチャーショックと果てしない戦いを繰り広げていたのである。

 まず、食欲。定期的にやってくる「空腹」という感覚は、エバを大いに苛立たせた。胃の()が空っぽになり、キューッと鳴るあの情けない音。それを満たすために、一日に三回も食物を口に運び、咀嚼(そしゃく)し、嚥下(えんげ)し、消化器官を働かせなければならない。なんという非効率なシステムだろうか。冥界ではすべてがデータと概念で処理されていたため、肉体を維持するためのエネルギー補給など一切不要だったのだ。

 だが、出された病院食を一口食べた瞬間、エバの価値観は根底から(くつがえ)された。特別室ということもあり、有名シェフが監修したというその食事は、見た目も美しく、芳醇(ほうじゅん)な香りを漂わせていた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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