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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第三章 閻魔の小道具と白檀の罠

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絶体絶命の密室と白檀の業火㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 カチャリ、と。背後で無情な金属音が響き、沙代夫人の元私室の扉が完全にロックされた瞬間。エバの全身を、氷の刃で背骨をなぞられるような強烈な悪寒が駆け抜けた。

 五年間、誰も立ち入っていないはずの閉ざされた空間。その四隅の天井付近に偽装されていた通気口から、シューッという不気味な噴射音とともに、真っ白な煙が滝のように室内へと流れ込んできた。

 瞬く間に部屋を満たしていくその煙は、決して火災によるものではない。エバの鼻腔を突いたのは、仏事や神聖な儀式で用いられる高級な香木――『白檀(びゃくだん)』の極めて濃厚な香りだった。


「……っ、あ……!」


 煙をほんの一口吸い込んだ瞬間、エバの喉の奥から声にならない悲鳴が漏れた。

 常人であれば、白檀の香りは精神を鎮め、心地よい安らぎをもたらす高貴な芳香に過ぎない。しかし、エバにとってその煙は、文字通りの「業火」であった。

 エバという存在の正体。それは、冥界から、菱倉新子という人間の少女の肉体に憑依させられた異能の魂である。現世の理から外れた彼女にとって、悪霊や不浄を(はら)う強烈な「浄化の力」を持つ白檀の香りは、自らの存在そのものを根底から灼き尽くし、能力を完全に封じ込める絶対的な弱点(アキレス腱)なのだ。

 常軌を逸した超高濃度に精製された白檀の煙が、漆黒の潜入服の繊維をすり抜け、皮膚の毛穴から、眼球の粘膜から、容赦なく体内へと侵入してくる。

 それはまるで、新子の肉体とエバの魂を繋ぎ止めている見えない縫い糸を、一本一本、熱した鉄のハサミで乱暴に断ち切られていくような激痛だった。


「が、はっ……! あ、あぁっ……!」


 エバは喉をかきむしりながら、分厚いペルシャ絨毯の上へと無様に崩れ落ちた。

 人間離れした圧倒的な身体能力も、冷静沈着な思考力も、聖なる香りの前には砂上の楼閣のように崩れ去っていく。指先から急速に力が抜け落ち、自らの身体が自分の意志で動かせなくなっていく恐怖。


 ――ジジッ、ピーッ。


 白煙で視界が閉ざされゆく中、部屋の天井に隠されていた小型のスピーカーから、ノイズ混じりの耳障りな電子音が響き、やがて、聞き慣れた男の傲慢な声が室内に降ってきた。


『……驚いたよ。旧理科棟のあの爆発の中から、傷一つ負わずに生還したばかりか、こんな夜更けに妻の部屋へネズミのように忍び込んでくるとはね。新子、お前は一体、どんな手品を使ったんだ?』


 スピーカー越しに響くその声の主は、他でもない。菱倉グループ専務であり、この屋敷の暗部を支配する叔父、菱倉勉だった。


「勉……叔父様……」


 エバは床に這いつくばったまま、(かす)れた声で呪詛のようにその名を呼んだ。


『お前が五年前の真相をどこまで嗅ぎつけたのかは知らないが……沙代の残した証拠を手に入れようとする輩が現れることは、とっくに想定済みだ。私を誰だと思っている』


 勉の声は、スピーカー特有のくぐもった音質でありながら、底知れぬ悪意と狂気を(はら)んでいた。


『妻を病死に見せかけて葬った後、私は裏社会で名のある呪術師に大金を払い、この部屋に強力な「結界」を張らせた。妻の怨念が、私に復讐するために蘇らないようにな。……まさか、悪霊を祓うためのその高濃度の白檀ガスが、生きた人間であるお前を処理するための最高のネズミ捕りになるとは、皮肉なものだな』


 エバの霞む頭脳が、絶望的な状況を完全に理解した。

 勉は、エバの正体が「冥界から憑依した存在」であることなど知る由もない。彼はただ、自らが手に掛けた妻の亡霊を恐れるあまり、オカルト的な防御策としてこの白檀の罠を仕掛けていたのだ。

 そして、証拠を回収しに現れたのが、物理的な暗殺を生き延びた不気味な姪(新子)であったため、部屋を密室にして罠を起動させた。

 結果として、その強烈な浄化の結界は、エバの「超自然的な弱点」をピンポイントで突き、彼女を完全に無力化する最悪の死の牢獄として機能してしまったのである。


『……じわじわと苦しむがいい。その煙は人体にも有害だ。数十分もすれば、お前の肺は焼け焦げ、誰にも知られることなく息絶える。明日の朝、不審な行動をとった令嬢が、空き部屋で発作を起こして死んでいたという、美しい悲劇の筋書きを用意してやろう』


 ブツン、と。通信が一方的に切断され、部屋には再び、シューッというガスの噴射音だけが死のカウントダウンのように響き続けた。


(このままでは……本当に、魂が剥がれ落ちて……消滅してしまう……!)


 エバは薄れゆく意識を必死に繋ぎ止め、最後の力を振り絞って右手を虚空へと伸ばした。

 どんな物理的な罠であろうと、冥界のアイテムさえ召喚できれば、この密室を破壊することは可能なはずだ。エバは血の滲むような思いで、激痛に(さいな)まれる喉を震わせた。


「イイ、ジャーマ……ジャ……ア、ニウム……!」


 掠れた声で、秘密の召喚呪文を紡ぎ出す。

 空間が微かに歪み、冥界からの紫色の瘴気(しょうき)が現世へと漏れ出ようとした。

 しかし――。

 現れかけた紫色の瘴気は、室内に充満する高濃度の白檀の煙に触れた瞬間、ジュワッという音を立てて、まるで熱鉄に落ちた水滴のように無惨に浄化され、一瞬でかき消されてしまった。


(……駄目……! 白檀の力が強すぎて、冥界との繋がりが……完全に、遮断されている……!)

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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