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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第三章 閻魔の小道具と白檀の罠

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秘密の召喚呪文は「イイジャーマジャアニウム」㈠

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 旧理科棟の第三実験室を完全に焼き尽くした業火の余韻は、一夜が明けてもなお、朱鳥女子大学のキャンパスに重く、そして不気味に立ち込めていた。

 抜けるような秋の青空とは対照的に、風に乗って微かに漂ってくる化学薬品の焦げた異臭が、昨晩ここで恐ろしい惨劇が起きたことを無言のうちに学生たちに伝えている。立ち入り禁止の黄色い規制線が張り巡らされ、警備員や警察関係者が物々しい警戒にあたる中、登校してきた学生たちは遠巻きにその黒焦げた建物の骨組みを眺め、口々に不安げな囁きを交わしていた。

 そのざわめきを背に受けながら、エバ――表向きは九死に一生を得たばかりの令嬢「菱倉新子」――は、意図的に血色を抑えた青白いメイクと、ひどく怯えたような伏し目がちの足取りで、油江颯の個人研究室がある文学部棟の奥深くへと向かっていた。

 重厚なオーク材のドアをノックし、中へ足を踏み入れた瞬間、背後でオートロックの施錠音がカチャリと冷たく響く。それを合図とするかのように、エバの顔から「恐怖に震える可憐な令嬢」の精巧な仮面が滑り落ち、獲物の喉首を狙う怜悧(れいり)な捕食者の素顔が露わになった。


「見事な熱演だったね、菱倉さん。キャンパスを歩く君のその痛々しい姿には、すれ違う誰もが同情の目を向けていたよ」


 部屋の奥、アンティークのマホガニーデスクに腰掛けた油江が、淹れたてのブラックコーヒーの芳醇(ほうじゅん)な香りを漂わせながら、皮肉めいた、しかし確かな賞賛を含んだ笑みを浮かべていた。


「おだてても何も出ませんわよ、教授。それよりも、昨夜の『下調べ』の結果はいかがですか?」


 エバはイタリア製の革張りソファに優雅に腰を下ろし、長い脚を組み替えながら、氷のように冷たい視線で油江を見据えた。

 油江は満足そうに喉の奥で笑うと、手元のノートパソコンの画面をエバの方へと向けた。


「君をあの実験室へおびき出した偽装メールの送信元だがね。学内ネットワークのアクセスログを照合し、真犯人を特定した。理学部の大学院生、木島透だ。違法カジノで作った多額の借金により、闇金業者から激しい取り立てを受けている。……君の叔父である菱倉勉が、汚れ仕事のために裏社会の人間を使って目をつけそうな、絵に描いたような『使い捨ての駒』だよ」


「なるほど」


 と、エバは冷笑を漏らした。


「借金の肩代わりと引き換えに、実験室に青酸ガスと発火装置を仕掛けさせたのね。哀れで、ひどく凡庸な男」


「彼は昨晩のニュースを見た直後から、異常な頻度で雇い主へ連絡を取ろうとしている。標的である君が無傷で生還したことで、『口封じ』として消されるのではないかとパニックに陥っているのだろう」


 エバは細く白い指先で、ソファのひじ掛けをトントンとリズミカルに叩いた。


「その男、警察に突き出すのはやめましょう。恐怖で首が絞まりかけている人間は、少し背中を押してやるだけで、いとも簡単に飼い主の指を噛みちぎる狂犬に変わります。私たちが直接彼を尋問し、勉叔父様の喉元に突き立てる『猛毒の刃』として、二重スパイに仕立て上げますわ」


 油江は深く頷き、コーヒーカップを置いた。


「同感だ。だが、末端の実行犯を寝返らせたところで、勉の強固な権力の城壁を崩すにはまだ決定打に欠ける。彼は一族の莫大な資本力と優秀な弁護士団を使って、いとも簡単にトカゲの尻尾切りをするだろう。彼を完全に社会から抹殺するためには、彼自身の『最も深い罪』を白日の下に引きずり出す必要がある」


 油江の瞳に、犯罪心理学者としての冷徹な猟犬の光が宿った。


「菱倉さん。君の叔母……勉の妻であった『沙代(さよ)』夫人のことを覚えているかね? 今から五年前、本邸の自室で突然の急性心不全により亡くなった」


「……ええ。おじいさまも父もひどく悲しんでいましたわ。勉叔父様は、愛妻を亡くした悲劇の夫として、葬儀で涙を流していたはずよ」


「その涙が、見事なクロコダイル・ティアーズ(嘘泣き)だったとしたら?」


 油江はデスクの引き出しから、古い捜査資料のコピーを取り出して机に広げた。


「彼女の死は極めて不自然だった。彼女は死の数日前、懇意にしていた弁護士に『夫の恐ろしい秘密を知ってしまった。もし私に何かあれば、これを警察に』と、ある証拠の存在をほのめかす電話をかけていたんだ。だが、その直後に彼女は密室状態の自室で急死。警察は持病の悪化による病死として処理し、彼女が言及していた『証拠』は、屋敷中を探しても結局どこからも発見されなかった」


 エバの瞳が、絶対零度の冷たさを帯びて細められた。


「勉叔父様が、自分の暗殺計画や裏金の秘密を嗅ぎつけた妻を、口封じのために毒殺した……。そして、警察の捜査が及ぶ前に、証拠を隠滅したというわけね」


「おそらくはね。だが、あの用心深い勉のことだ。妻がどこに致命的な証拠を隠したのか完全に把握しきれず、今でも証拠そのものは屋敷のどこかに眠っている可能性がある。……もし、その『殺害の決定的証拠』を我々が手に入れれば、勉の政治生命どころか、彼の人生そのものを完全に終わらせることができる」


「でも、広大な菱倉本邸のどこに、五年前の証拠が隠されているというの? 警察の捜査ですら見つけられなかったものを」


 油江は口角をわずかに上げ、エバの顔を真っ直ぐに見つめた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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