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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第二章 キャンパスに潜む罪のにおい

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理科実験室に仕掛けられた甘い罠㈢

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 エバは震える指先で、部屋の中央にある頑丈な実験台の下を指差した。暗闇に目が慣れてきたことで、そこに銀色の巨大な金属製のタンクが置かれているのが見えた。


「あれは……液体窒素のタンクか!?」


「ええ……! 理科の実験室なら、必ず置いてあるはず……。あれを、窓ガラスに……!」


 エバの意図を、天才的な頭脳を持つ油江は瞬時に理解した。

 極低温の液体窒素を分厚い網入りガラスに大量に浴びせ、急激な温度変化による「熱衝撃」を与える。そして、ガラスの分子構造が極限まで脆くなった瞬間に物理的な衝撃を加えれば、火花を散らすことなく、音もなくガラスを粉々に粉砕することができる。ありとあらゆる破壊工作や悪事の方法を知り尽くしたエバの知識と、油江の実行力が完全に噛み合った瞬間であった。


「分かりました! 少しの間、息を止めていてください!」


 油江は床を這うようにして実験台へと向かい、手探りで液体窒素のタンクのバルブを確認した。幸いにも、タンクにはまだ十分な量の中身が残っている。彼は備え付けの分厚い耐寒グローブをはめ、タンクに接続されたホースを引き抜くと、窓ガラスの方向へと一気に駆け出した。


「いきます!」


 シューーーーッ!!


 バルブが一気に全開にされ、マイナス百九十六度の超低温の液体が、白い冷気の塊となって網入りガラスに激しく打ち付けられた。


 パキッ、ピキピキピキッ……!


 静まり返った実験室内に、ガラスが急激に収縮し、内部から悲鳴を上げるような不気味な音が響き渡る。有毒ガスの甘い臭いと、液体窒素の冷気が入り交じり、室内はまさに阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化していた。


「菱倉さん! 今だ!」


 油江が叫んだ。ガラスが限界まで冷却され、白く凍りついたその瞬間を見計らい、エバは最後の力を振り絞って立ち上がった。彼女は傍らにあった重い金属製の顕微鏡の土台を両手で掴み上げ、一切の躊躇なく、渾身の力を込めて凍りついた窓ガラスの中心へと叩きつけた。


 ガシャァァァァンッ!!


 火花は一切散らなかった。強固なはずの防犯ガラスは、熱衝撃によって飴細工のように脆くなっており、顕微鏡の一撃であっけなく粉々に砕け散ったのである。

 同時に、密室内に充満していた有毒ガスと可燃性ガスが、割れた窓から外へと一気に噴き出していく。


「早く、外へ!」


 油江がエバの腰を抱え上げ、砕け散った窓枠を乗り越えて、屋外の裏庭の芝生へと二人で転がり落ちた。

 その直後であった。

 実験室の奥で、カチッ、という微かなタイマー音が響いたかと思うと。


 ドゴォォォォンッ!!


 凄まじい爆発音とともに、第三実験室の内部が真っ赤な炎に包まれ、割れた窓から巨大な火柱が夜空に向かって吹き上がった。犯人が仕掛けていた遅延着火装置が作動し、室内にわずかに残っていた可燃性ガスに引火したのだ。

 もし脱出が数秒でも遅れていれば、二人は跡形もなく吹き飛ばされ、炭の(かたまり)と化していたに違いない。「ゲホッ、ゴホッ……! はあ、はあ……っ」

 裏庭の冷たい芝生の上で、エバは新鮮な空気を肺の奥底まで貪るように吸い込みながら、激しく咳き込んでいた。人間の肉体が酸素を求めて歓喜の声を上げている。涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃになり、完璧な令嬢のメイクも見る影もない。

 しかし、彼女の心の中は、かつてないほどの激しい怒りと、そして生存の喜びに満ち溢れていた。


「菱倉さん……大丈夫ですか? 怪我は」


 隣で同じように息を切らしていた油江が、エバの背中を優しくさすりながら覗き込んでくる。(すす)で顔を黒く汚し、高級なスーツを泥だらけにしながらも、彼の瞳はエバの無事を心から安堵していた。

 エバは油江の顔を見つめ返し、大きく波打つ胸を必死に抑えようとしたが、やはりあの不確かな「バグ」は止まってくれなかった。

 極限の恐怖と危機を共有したことで、吊り橋効果も相まって、エバの心臓は狂ったように早鐘(はやがね)を打っている。特定の人間に対して紅顔し、制御不能な状態に陥るという人間界の恐ろしい罠 。


「だ、大丈夫ですわ……。教授のおかげで、命拾いしました」


 エバは顔の赤さを夕闇と煤のせいだと誤魔化しながら、油江の腕の中で小さく息を吐いた。


「いや、あなたのあの信じられないような機転と知識がなければ、私たちは間違いなく死んでいました。……菱倉新子さん。あなたは一体、何者なんですか?」


 油江の声には、もはや単なる知的好奇心を超えた、深い畏敬の念が込められていた。

 エバは答えなかった。ただ、燃え盛る実験室の炎を冷徹な瞳で見つめ返しながら、心の中で真犯人に向けた絶対的な死刑宣告を下していた。


(金銭欲、自己顕示欲、嫉妬。……どのような陳腐な欲望が動機であろうと、もはや情状酌量の余地はないわ。私の命を二度も狙い、あまつさえこの男の命まで巻き込もうとした罪。……奪衣婆の名において、その薄汚い魂の皮を根こそぎ剥ぎ取り、阿鼻地獄の底なしの苦痛を味わせてやるわ)


 キャンパスに仕掛けられた甘く危険な罠は、図らずも冥界の官吏の逆鱗に完全に触れてしまったのである。サイレンの音が遠くから近づいてくる中、エバの瞳には、炎よりも熱く、そして氷よりも冷たい復讐の光が静かに宿っていた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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