お嬢様たちのマウント合戦と圧倒的論破㈠
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
油江颯との奇妙な同盟関係を結んだ数日後、エバの元に一通の豪奢な封筒が届けられた。
それは、朱鳥女子大学の特権階級の象徴とも言える学生会、そしてその後援会である「朱鳥会」が主催する、選ばれた学生のみが参加を許される午後のティーパーティーへの招待状であった。真紅の厚手な和紙に、金箔で大学の紋章が押し付けられている。宛名には、流麗な筆記体で「菱倉新子様」と記されていた。
キャンパスの中庭にある白亜のガゼボ(西洋風の東屋)でその招待状を開いたエバの隣で、親友の大崎夕子が顔を青ざめさせていた。
「新子、これ……絶対に行っちゃダメよ! 忌部会長と香々美さんが、あなたを公衆の面前で吊し上げるための罠に決まってるわ! あの日、渡り廊下であなたが会長に刃向かったこと、もうキャンパス中の噂になっているのよ?」
夕子は本気でエバの身を案じ、招待状を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。しかし、エバはそれを優雅な手つきでひらりと躱し、唇の端に冷たくも美しい笑みを浮かべた。
「ご心配なく、夕子。罠だと分かっていて逃げるのは、私の性に合いませんの。それに、相手がどのような手札を切ってくるのか、一度この目でしっかりと拝見しておく必要がありますわ」
「でも……! 朱鳥会はただの後援会じゃないわ。学長の忌部義人先生がトップに立って、大学の莫大な資金や人事を裏で牛耳っているっていう、黒い噂が絶えない組織なのよ。その娘である薫子会長に逆らうなんて、大学生活を捨てるようなものよ!」
夕子の言葉に、エバは内心で深く頷いた。朱鳥会。その名前は、エバが油江の研究室で調べたキャンパス内の不審な資金の流れや、過去の不可解な退学事件の裏に、必ずと言っていいほど見え隠れしていた。新子が校舎の屋上から突き落とされた事件の裏にも、この朱鳥会という巨大な権力機構と、それに群がる人間たちの底知れぬ「金銭欲」や「権力欲」が絡んでいる可能性は極めて高い。
「だからこそ、行くのですわ。蛇の巣穴に自ら足を踏み入れなければ、大蛇の首を落とすことはできませんもの」
「新子……あなた、本当に人が変わってしまったみたい。昔のあなたなら、震えて泣き出していたはずなのに」
「人は変わるものですわ、夕子。特に、一度死の淵を覗き込んだ人間はね」
エバは夕子の頭を優しく撫でると、毅然とした足取りでティーパーティーの会場である、大学敷地内の迎賓館へと向かった。
迎賓館の重厚なマホガニーの扉が開かれると、そこにはヴェルサイユ宮殿の一室を思わせるような、絢爛豪華な空間が広がっていた。
天井からは巨大なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、床には毛足の長いペルシャ絨毯が敷き詰められている。壁際には高価なアンティーク家具が並び、部屋の中心に据えられた長大なテーブルには、純銀製のティーセットと、有名パティシエが手がけた宝石のようなプティフールが山のように盛られていた。
しかし、エバの感覚を最も刺激したのは、その豪華な設えではなく、部屋中に充満している息が詰まるほどの「欲望の悪臭」であった。
部屋には数十人の選ばれた令嬢たちが集まっていたが、彼女たちが纏う高級な香水の香りの奥から、自己顕示欲、虚栄心、他者への嫉妬、そして権力への盲信といった、ドロドロとした黒い感情がヘドロのように立ち上っているのが、奪衣婆の異能を持つエバにははっきりと見えていた。
「あら、よく逃げずに来られたわね、菱倉新子さん」
部屋の最奥、一段高くなった場所に置かれた豪奢なカウチソファから、学生会長の忌部薫子が睥睨するように声をかけてきた。彼女は今日、まるで自分がこの国の女王であるかのように、豪奢なシルクのドレスを身に纏い、完璧にセットされた髪に高価なティアラのような髪飾りをつけていた。そして、その隣には、新子の従姉である小嶽香々美が、勝ち誇ったような歪な笑みを浮かべて寄り添っている。
周囲の令嬢たちが、一斉にエバへと冷ややかな視線を向けた。その視線は、群れのトップに逆らった哀れな生贄を見るような、残酷な好奇心に満ちていた。
エバは一切の動揺を見せることなく、背筋をピンと伸ばしたまま、ゆっくりと薫子たちの前へと歩み出た。その流れるような所作と、圧倒的な気高さに、周囲の令嬢たちが思わず息を呑んで道を譲る。
「お招きいただき感謝いたしますわ、忌部会長。ずいぶんと立派な茶番劇の舞台を用意されたのですね」
エバの氷のように冷たく、そして鋭い言葉に、会場の空気が一瞬にして凍りついた。
「なっ……! 茶番劇ですって!? 学長の娘である私に、そしてこの神聖なる朱鳥会のサロンに向かって、なんという暴言を!」
薫子が顔を真っ赤にして扇子をピシャリと閉じた。
「新子! あなたのその傲慢な態度は、菱倉家の名折れよ! 精神のバランスを崩しているのは明白だわ。すぐに会長に謝罪しなさい!」
香々美が、薫子の権威を盾にしてキャンキャンと吠え立てる。彼女の魂からは、正妻の血筋である新子をどうにかして引き摺り下ろしたいという、醜悪な劣等感と嫉妬心がマグマのように噴き出していた。
「傲慢なのはどちらかしら。権力という虚飾の衣を何重にも纏い、自分を大きく見せることでしか自己を保てないあなた方の方こそ、精神のバランスを欠いているように見えますけれど?」
エバが涼しげな瞳で鼻で笑うと、薫子はギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「言うようになったわね、菱倉新子。……でも、あなたのその虚勢も今日で終わりよ。あなたが屋上から落ちて休んでいる間に、大学内のパワーバランスは完全に私たちが握ったの。朱鳥会は、大学の次期理事の選定にも大きな影響力を持っている。菱倉商事からの寄付金がどうなろうと、忌部家の力であなたをこのキャンパスから追放することなど造作もないのよ?」
薫子の言葉は、明確な脅迫であった。周囲の令嬢たちも、薫子の言葉に同調するように冷たい笑みを浮かべている。
しかし、エバは微動だにしなかった。彼女の脳裏には、天使養成校で学んだ「美」と「調和」、そして奪衣婆として持ち合わせた、人間の容貌と肉体に関する圧倒的な知識が渦巻いていた。
奪衣婆は、女性や子供の守護神という側面を持ち、歯の痛みを癒やし、容貌を美しくする能力に長けている。すなわち、歯科、美容整形、化粧、スタイリストといった分野において、彼女の右に出る者は天界にも冥界にも存在しないのだ。彼女の目は、他者の肉体の構造、骨格の歪み、そしてそれを誤魔化そうとする浅薄な化粧の嘘を、ミリ単位で正確に見抜くことができた。
「追放、ですか。ご自分の足元も満足に見えていない方に、そのような大層なことができるとは到底思えませんわね」
エバはゆっくりとため息をつくと、氷の刃のような視線を香々美へと向けた。
「香々美お姉様。あなたは今日、私を見下すために、あえて私と同じ系統のローズピンクのルージュを引いていらっしゃいますね。しかし、それは致命的な間違いですわ」
「えっ……?」
突如として話題を化粧に変えられた香々美は、意表を突かれて間抜けな声を上げた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




