最初のターゲットと見え透いた罪の重さ㈡
三途の川の『奪衣婆』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?
エバは、物理的に触れることなく、思念の力だけで犬飼の魂の「衣」を剥ぎ取った。
悲鳴を上げる犬飼の魂から剥がれ落ちたのは、ドロドロとした真っ黒なヘドロのような布切れであった。エバの視界には、冥界の三途の川のほとりにそびえ立つ、罪の軽重を量る巨木「衣領樹」の幻影が重なって見えていた。傍らに立つ懸衣翁の幻影にその衣を渡し、衣領樹の枝に掛けさせる。
ミシミシッ……と、衣領樹の太い枝が、犬飼の衣の重みで不気味な音を立ててしなった。
エバは、その枝のしなり具合と、衣から発せられる悪臭を冷徹に分析した。
ストーカー行為の背景にあるのは、純粋な愛情などではない。相手を支配したいという異常な「権力欲」であり、自分を大きく見せようとする「自己顕示欲」、そして思い通りにならないことへの「憤怒」である。犬飼の魂の衣には、それらの罪がべったりと染み付いていた。
しかし、エバは同時に一つの決定的な事実を悟った。
(……軽い。酷く不快で醜い罪ではあるけれど、あの日、この肉体を屋上から突き落とし、明確な殺意を持って命を奪おうとした者の罪の重さは、こんなものではなかった)
犬飼の罪は、あくまで卑劣なストーカー行為と、妄想による支配欲に留まっている。彼は確かにあの日の出来事について何かを知っているようだが、彼自身が直接手を下した実行犯ではないか、あるいは実行犯だとしても、その後ろでもっと巨大な悪意に操られている単なる「駒」に過ぎないのだ。
怠惰・傍観。犯罪行為を見ているが、見て見ぬふりをしているという罪。あるいは、脅迫や強要によって操られているのか。いずれにせよ、この男の魂の重さは、地獄道の下層に落ちるほどの質量を持っていなかった。せいぜいが、飢えと喉の渇きに永劫苦しむ「餓鬼道」か、弱肉強食の恐怖にさらされる「畜生道」行きが関の山である。
「……ひっ!?」
犬飼は、突如として目の前の少女から発せられた、この世のものとは思えない恐ろしい覇気に当てられ、伸ばしかけた手を硬直させて尻餅をついた。
エバの瞳は、もはや人間の少女のものではなかった。数え切れないほどの亡者を裁き、地獄へと送り出してきた冥界の官吏、奪衣婆の冷酷無比な瞳そのものであった。
「純粋な愛、ですって? 笑わせないでちょうだい」
エバは、地面に這いつくばる犬飼を見下ろし、靴のヒールで彼の目の前の地面を強く踏み鳴らした。
「あなたのその醜い魂にこびりついているのは、相手を支配したいという身勝手な欲望と、力のない自分を慰めるための哀れな自己顕示欲だけよ。自分がさも私の秘密を握り、守護者になれるとでも勘違いしているようだけれど、あなたはただの臆病な傍観者。他人の悪意の陰に隠れて、おこぼれに預かろうとしているだけの、薄汚いネズミに過ぎないわ」
「ち、違う! 僕は、君を……!」
「黙りなさい!」
エバの一喝が、物理的な衝撃波となって犬飼の全身を打ち据えた。彼は喉の奥でヒュッと息を呑み、恐怖のあまりガタガタと全身を痙攣させ始めた。
「あなたはあの日の屋上で、何らかの犯罪行為を見た。にもかかわらず、それを見て見ぬふりをした。あるいは、集団心理に流され、自分に降りかかってこないようにと傍観を決め込んだ。……冥府の法則において、それは立派な罪よ。必要以上に欲しがる強欲と、物事の道理がわからない無知な愚痴の心。あなたのその行いは、死後、動物や虫に生まれ変わる畜生道か、飢えと渇きに永劫苦しむ餓鬼道への切符を手にしたも同然だわ」
エバは、天使養成校で学んだ神格の威厳を乗せ、地獄の判決を言い渡すかのように冷たく告げた。彼女の背後には、等活地獄で肉体が切り刻まれる亡者の幻影や、黒縄地獄で熱鉄の縄に縛られる罪人の絶叫が、まるで幻聴のように犬飼の脳内に直接響き渡っていた。
それは、エバの持つ「ありとあらゆる悪事の方法を知り尽くしている」知識と、人間の記憶や心理に直接干渉する異能が、恐怖という形で犬飼の精神を完全に制圧した結果であった。
「いいこと? もう二度と、私の前にその薄汚い姿を見せないことね。私の視界に入れば、次はその舌を引き抜いて、嘘や言い訳が二度と口から出ないようにしてあげるわ」
エバが、裁判で使われるアイテム「やっとこ(閻魔釘抜き)」の存在を仄めかすように、指先を鋏の形に動かして見せると、犬飼の恐怖はいよいよ限界に達した。
「あ、あああ……っ! ひ、ひぃぃぃっ!」
犬飼は股間を濡らしながら、情けない悲鳴を上げてその場から逃げ出した。何度も足をもつれさせて転びながら、振り返ることもできずに、キャンパスの薄暗がりの中へと惨めに消えていく。
周囲の空気が、ふっと元の夕暮れの色彩と温度を取り戻した。
木々が風に揺れる音が再び聞こえ始め、遠くから部活動に励む学生たちの声が微かに届く。
エバは、犬飼が逃げ去った方向を冷たい目で見つめたまま、小さく鼻を鳴らした。
「本当に、人間というのは救いようのないくらい弱くて、どうしようもなく愚かな生き物ね。自分の欲望の重さすら理解できずに、破滅への道を自ら進んでいくなんて」
エバは乱れた服のシワを優雅な手つきで直し、再び歩き出した。
今回の接触で、大きな収穫があった。犬飼幸男は、新子を屋上から突き落とした真犯人ではない。しかし、彼は事件の現場に居合わせ、何らかの真相を目撃している。そして、真犯人は彼よりもはるかに重い殺意と、巨大な欲望を持った別の人物であるという事実が、エバの「天秤」によって明確に証明されたのだ。
(勉叔父様か、香々美か、それとも友貴哉か……。あるいは、もっと別の場所に隠れている黒幕か。誰であろうと構わないわ。私のこの命を狙い、冥府の秩序を侮辱した罪は、決して逃れられないのだから)
エバの胸の奥で、真喜に向けた時のあの不確かな甘い鼓動とは全く異なる、理知的で冷酷な狩人としての興奮が静かに、しかし熱く燃え上がり始めていた。
善人と悪人を見分け、罪を量る能力。そして、人間界のあらゆる悪事の方法を知り尽くした知識。これらの異能を完全に使いこなす術を、彼女は今、確実なものとして掴み取ったのだ。
正門を出ると、すでに河上の運転する漆黒のメルセデス・ベンツが、主の帰りを静かに待っていた。エバは完璧な令嬢の微笑みを再び顔に貼り付けると、優雅な足取りで車へと向かった。
未知なる人間界でのカルチャーショックに振り回されながらも、冥界のエリート奪衣婆の華麗なる反撃が、ついにその牙を剥き始めたのである。キャンパスに潜む罪のにおいは、確実に彼女の天秤へと引き寄せられつつあった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




