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冥府令嬢の天秤1〜三途の川からお嬢様女子大生へ!冥界エリートの華麗なる事件簿〜  作者: たくみふじ
第一章 お嬢様は元・死者の案内人

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容姿端麗な令嬢に宿る「凄み」㈢

三途の川の『奪衣婆だつえば』、現世では可憐なお嬢様女子大生!?

 薫子が、取り巻きの女子学生たちを従えてエバの前に立ち塞がった。彼女の(まと)う高級なブランド服と、完璧にセットされた巻き髪からは、強烈な自己顕示欲と傲慢(ごうまん)さが匂い立っていた。


「ごきげんよう、忌部会長、それに香々美お姉様」


 エバは立ち止まり、一切の感情を排した声で短く挨拶をした。


「本当に驚いたわよ。あんな高いところから落ちて、よく平気な顔をして大学に戻ってこられたわね。普通なら、ショックで精神を病んで退学してしまうところよ? まあ、菱倉家の財力で無理やり体だけは治したんでしょうけれど」


 薫子が扇子で口元を隠し、クスクスと(あざけ)るように笑う。それに同調して、周囲の取り巻きたちも一斉に嫌な笑い声を上げた。香々美もまた、薫子の後ろからエバを見下すような視線を送ってくる。


「そうね。きっとまだ頭の中は混乱しているのよ。新子、無理して私たちのような選ばれた学生の輪に戻ろうとしなくてもよくってよ?」


 香々美の言葉には、明確なマウントと、新子を排除したいという嫉妬心が隠されていた。

 以前の新子であれば、この学園の頂点に君臨する権力者たちの理不尽な言葉の暴力に萎縮し、顔を青ざめさせて俯いてしまっていただろう。

 しかし、エバは(うつむ)くどころか、ゆっくりと顔を上げ、薫子と香々美の目を真っ直ぐに射抜いた。

 その瞬間、渡り廊下の空気が、物理的に数度下がったかのような凄まじい錯覚を周囲の全員が覚えた。

 エバの切れ長で美しい瞳の奥に宿っていたのは、人間界のちっぽけな権力争いなど鼻で笑うような、絶対的な管理者としての「凄み」であった。冥府において、何万、何十万という亡者の魂の衣を剥ぎ取り、その罪の重さを天秤にかけてきた奪衣婆の、恐るべき覇気が、彼女の華奢な肉体から音もなく溢れ出したのだ。


「……何がおかしいのかしら? 忌部会長」


 エバの声は、決して大きくはなかった。むしろ、囁くような静かな声であった。しかし、その声は氷のように冷たく、刃のように鋭く、薫子たちの鼓膜の奥底へと直接突き刺さった。


「私は、自らの足でここに立っています。選ばれた学生とおっしゃいますが、真に選ばれるべきは、地位や財力ではなく、魂の気高さを持つ者のはず。あなた方の放つその刺々しい言葉からは、到底そのような気高さは感じられませんわ」


「な、何ですって……! 学長の娘である私に向かって、その口の利き方は……!」


 薫子が顔を真っ赤にして激昂しかけるが、エバは全く動じない。エバの異能の目は、薫子の魂にこびりついた「傲慢」と「自己顕示欲」の泥汚れを、そして香々美の魂に巣くう「嫉妬」と「猜疑心(さいぎしん)」の醜い(みにくいかたまり)を、完全に可視化して捉えていた。


「口の利き方? 私は事実を申し上げているだけです。それに、香々美お姉様。私の頭の中を心配してくださるのはありがたいですが、ご自身の足元こそお気をつけて。他人を蹴落とそうと背伸びをするあまり、いつか自分自身が深い奈落の底へ転がり落ちることになりますわよ」


 エバが、昨日香々美が使った「突き落とされた」という言葉を暗示するように「転がり落ちる」という言葉を強調し、極めて冷酷で美しい微笑みを浮かべた。

 その一瞬、エバの背後に、漆黒の外套に身を包んだ死神の影が、あるいは地獄の業火が燃え盛る幻影が見えたような気がして、薫子と香々美は思わず息を呑み、恐怖に顔を引き()らせて一歩後ずさりした。

 天界の「天使養成校」を卒業し、宇宙の恒久的な平和と調和を維持する管理者として教育されたエバにとって、絶対的な「善」の探求と、完璧なる「美」の体現こそが至上命題である。感情や私情に流され、他者を傷つけることでしか自己を保てない彼女たちの醜態は、調和を乱すノイズ以外の何物でもなかった。


「……っ! 今日はこのくらいにしておいてあげるわ! 行くわよ、香々美!」


 薫子は、自分でも理解できない恐怖から逃れるように、捨て台詞を吐いて足早に立ち去っていった。香々美もまた、真っ青な顔をして逃げるようにその後を追う。取り巻きたちも、エバの放つ圧倒的な凄みに完全に呑まれ、蜘蛛の子を散らすように消えていった。

 静寂が戻った渡り廊下で、エバは小さくため息をつき、乱れた前髪を優雅な手つきで直した。


(人間界の悪意や権力争いなんて、冥府の等活地獄や黒縄地獄の刑罰に比べれば、本当に児戯に等しいわね。あんな薄っぺらい魂の持ち主たちが、この私を脅かそうなんて百年早いわ)


 エバはフッと不敵な笑みを漏らし、再び歩き出そうとした。

 その時、ふと背後の柱の陰から、パチパチパチ、とゆっくりとした拍手の音が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには腕を組み、壁に寄りかかりながら目を輝かせている油江颯の姿があった。彼は、エバが学園の女王たちを言葉とオーラだけで完全に圧倒し、ひれ伏させた一連のやり取りを、最初から最後まで観察していたのだ。


「お見事。学長の娘である忌部会長を、あそこまで完璧に論破し、恐怖で退かせた学生はあなたが初めてですよ。……菱倉新子さん。あなたのその『凄み』の奥にある本当の顔が、私はますます気になって仕方がなくなりましたよ」


 油江が、口元に挑戦的な、そして妖しい笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 エバは、この知的好奇心の塊のような厄介な男に目をつけられたことに内心で舌打ちをしながらも、決して退くことなく、奪衣婆としての気高い視線で彼を真っ向から見据え返した。


「せいぜい観察なさいな、油江教授。私の本当の顔を知った時、あなたが正気を保っていられるか、見ものですわね」


 冥界のエリート官吏と、若き犯罪心理学の天才。二人の視線が空中で激しく交錯する。

 キャンパスに潜む醜い罪のにおいと、人間としての不確かな胸の鼓動、そして容赦のない裁きの天秤。エバの華麗なる事件簿は、今まさにその謎解きと波乱の幕を、本格的に開けようとしていたのである。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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